<メッセージノート>

2013/7/14 使徒言行録 13:1-12
聖霊によって送り出される

A ベースキャンプ: アンティオキア教会


1) チームワークで働く教会 (1)

アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。


2) 指導者を送り出す教会(2,3)

彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。



B キプロス島に届いた良い知らせ

1) 魔術師との対決(8-11)

魔術師エリマ——彼の名前は魔術師という意味である——は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした。パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、言った。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した。(8-11)



2) イエスに従う者となった地方総督(4-7,12)

聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し、サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた。二人は、ヨハネを助手として連れていた。島全体を巡ってパフォスまで行くと、ユダヤ人の魔術師で、バルイエスという一人の偽預言者に出会った。この男は、地方総督セルギウス・パウルスという賢明な人物と交際していた。総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとした。(4-7)

総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。(12)



メッセージのポイント
アンティオキアの教会は福音をヨーロッパに伝える働きのベースキャンプでした。彼らは教会がアンティオキアで栄えることではなく、イエスを紹介するために用いられることを喜びとしていました。そのために自分たちの中心的な指導者を送り出すことも厭いませんでした。そのように彼らを導いたのは聖霊です。ユアチャーチは様々な民族によって構成されているという意味でアンティオキアの教会に似ていますが、イエスを紹介するために用いられることを喜びとするという点でも似ていたいと願います。私たちが聖霊の導きに従い、働きを続ける時に、聖霊は必要な力を与えて下さり、私たちは任務を果たすことができます。

話し合いのために
1) アンティオキアの教会はどんな教会だったのでしょうか?
2) 総督はなぜイエスを主と信じることが出来たのでしょうか?

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<メッセージ全文>

2013/7/14 使徒言行録 13:1-12
聖霊によって送り出される

A ベースキャンプ: アンティオキア教会


1) チームワークで働く教会 (1)

アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。

アンティオキアの教会は、一人の人ではなく、様々な背景や役割を持つ多くの人々からなるティームによって導かれていたようです。名前を上げられている5人以外にもいたようです。コリントの信徒への第一の手紙にあるように、教会はキリストを頭とする一つの体で、ユアチャーチもその一つの部分です。しかし、そのそれぞれの部分もまた多くのことなる働きをする幾つかの小部分の組み合わせによってできているようにユアチャーチも私たち一人一人の組み合わせによってできています。キリストを頭とする一つの体が世界に一つの教会であり、正教会、カトリック教会、プロテスタント教会と大きな部分に分けられ、プロテスタント教会の中も様々なグループに別れていますが、それは分裂ではなく異なる機能を担うための分化の結果です。そして、その小さな部分であるユアチャーチにもユアチャーチにしかできない働きを委ねられています。そして、私たち一人一人はユアチャーチというユニークな器官が良く働けるように組み合わされたユニークな細胞なのです。ユアチャーチは牧師である私のものではありません。キリストの体の一部です。私はここで牧師という役割を任されているにすぎません。どうか、皆が組み合わされて神様の働きを担っていることを忘れないで下さい。そうすれば、私たちはアンティオキアの教会同様に良く用いていただけます。


2) 指導者を送り出す教会(2,3)

彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。


ここで二つの事柄を考えたいと思います。「断食」と「派遣」についてです。
 神様の意思を知ろうとすることにおいて礼拝と断食、神様の意思と認めたことを始めるにあたって断食と祈り、按手がなされたことは、彼らが真剣に神に求め、神の働きを大きな責任を感じながらスタートしたということを意味しています。ユアチャーチを始めるよりもずっと前、断食をして祈るということが、夜を徹して祈るとか、朝早く起きて祈るということとともに、日本の一部の教会ではちょっとしたブームになったことがありました。しかしそれは健全な方向には進みませんでした。それは結局、通常の祈りよリも多くのリターンを期待できる祈りとして受け取られてしまったのです。真剣に祈るという意味では断食することや、徹夜の祈りも意味があると思いますが、努力に見合った見返り求めるなら、それはここでなされた断食とは違う不純なものになってしまいます。聖書には、さまざまな断食が記録されていますが、断食についての最初の記録は士師記の20章です。断食は律法の書にはまったく記されていません。つまり神様の命令として始まったのではなく、人間が始めたということです。最初は大変悲しい出来事に直面して、しばらくのあいだ自然に食事が喉を通らなかったようなことから始まったようですが、ダビデは、子供の癒しを願い求めて断食をしましたが、子供死んだら食事をしたので、周りの人が驚いたという記録がサムエル記下12章にあります。人が始めたことを教会のルールにしてはいけませんが、教会が大きな決断をする時、出来る人は断食をして神の意思を求めましょうということはあっても良いと思います。
 アンティオケアの教会がティームで働いていたといっても、バルナバとパウロは中心的なリーダーです。その二人を送り出そうとする大胆な教会であったということにも心を留めたいと思います。ユアチャーチが始まるきっかけとなった出来事が、私がホープチャペルの二人の牧師、ラルフとアロンに会ったことだったということを聞いたことのある人はどのくらいいらっしゃるでしょうか?そのことについては9月を教会創立20周年月間としてお祝いすることにしたので、その時に詳しくお話しします。私たちがカネオヘを尋ねたのは、ホープチャペルが創立10周年を迎える直前でした。ラルフはカリフォルニアでホープチャペルを始めアロンはその右腕と言った存在でした。誰もが彼らは生涯カリフォルニアのホープチャペルを指導し続けるだろうと思っていました。けれども二人は、順調に成長する大きな教会を若者に任せて、アロンの故郷であるハワイで新しいホープチャペルを始める決心をしたのです。彼らが本土にとどまっていたら、今もカリフォルニアに一つの大きな教会があったことでしょう。しかし、彼らが満足できる現状を捨て、人々も彼らを送り出すことに同意したので、今ではハワイのホープチャペルも、カリフォルニアのホープチャペルも、それぞれが多くの教会を生み出し続けているのです。ユアチャーチもその一つであるわけです。派遣には犠牲が伴います。しかし派遣される人がいなければ伝えることはできません。できるだけ間違わないように、神様の意思を知る必要があります。それでアンティオキアの教会は、断食と祈りでことを始めたわけです。


B キプロス島に届いた良い知らせ

1) 魔術師との対決(8-11)

魔術師エリマ——彼の名前は魔術師という意味である——は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした。パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、言った。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した。(8-11)

こうして、キプロスに送り出されたパウロたちは、各地のユダヤ人の会堂(教会と言うよりもう少し広くコミュニティーセンターのような存在であったと思われます)で話をする機会を得たのです。教会誕生の記録がないところを見ると、ここでの宣教は困難だったのかもしれません。しかし一つの、それもあまり嬉しくない出会いによってローマ人であるキプロスの総督が信仰を持つということが起こるのです。うれしくないというのは、それが魔術師で偽預言者との出会いだったということです。しかしバルイエス(救いの子)というこの偽預言者は地方総督と付き合いがありました。総督はパウロたちの噂を聞いて、彼らを招き話をきこうと思いますが、友人でありパウロたちと同じユダヤ人であるバルイエスはそれを妨害しようとしたのです。総督がパウロたちから話を聞けば偽預言者である自分に不利益が及ぶと考えたからです。しかし、パウロの抗議は聖霊が語らせるままに、エルマことバルイエスが、一時的に視力を失うと宣言し、それが実際に起ったので、総督は非常に驚いたのです。



2) イエスに従う者となった地方総督(4-7,12)

聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し、サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた。二人は、ヨハネを助手として連れていた。島全体を巡ってパフォスまで行くと、ユダヤ人の魔術師で、バルイエスという一人の偽預言者に出会った。この男は、地方総督セルギウス・パウルスという賢明な人物と交際していた。総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとした。(4-7)

総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。(12)

そして総督は信仰に入りました。このようなきっかけですから、聖書学者の中には、彼は心から本当に信じ、信仰生活を続けたわけではない、と考える人もいます。しかし聖書がそれ以上のことを語っていない以上詮索してみることもないでしょう。ここは素直に、地方のNo1であるローマ人が信仰を持ったと考えたら良いのです。こうしてキプロスでも、イエスを信じ、彼に従う人が初めて起こされ、ここから弟子は増えてゆくのです。キプロス島での行動の記録はここまでで終わります。まだ旅は始まったばかりですが、彼らはバルナバの出身地キプロスを後にして小アジアに向かいます。パウロは、この旅をはじめとして、三回、イエスを伝える旅をしています。どれも今のトルコ、ギリシャ地域を巡るものでした。この最初の旅は、あとの二つに比べれば、短く、移動距離も少ないものでした。それでも1200キロ、北海道から九州の距離です。ドライブでもうんざりですが、彼らにとっては海路は帆船、陸路は徒歩です。当時の徒歩旅行のペースでは一日に30キロ位ですから、何ヶ月も続く、大変な旅でした。命の危険もありました。実際に何度も死にかけたとコリント人への第二の手紙 11章で語っています。バルナバはのちに再びキプロスへ向かいました。個人的には命をすり減らし危険と隣り合わせの益にならない行動です。実際同行したマルコは来週お話ししますが、小アジアについた途端に脱落してエルサレムに帰ってしまいます。何がパウロとバルナバに困難な旅を続ける意思を与えたのでしょうか?それは、それぞれの場所にいるまだイエスを知らない人に伝えたいという願いです。先に触れた、ラルフと共にハワイに渡って教会を始めたアロンは、若い頃、島の暮らしにうんざりして、カリフォルニアに渡ったそうです。そして二度と帰りたくないと思っていたそうです。けれども、バルナバのように、故郷の人が、もっと多くイエスを知って欲しいと願い、カリフォルニアを去ったのです。誰もが生まれ故郷でイエスを紹介しなければならないわけではありません。誰もが牧師として伝えなければならないわけでもありません。しかしどこででも、どのような立場でもパウロやバルナバのスピリットを持っていることが、イエスに従う者の証明です。あなたはどこで、どのような人のためにパウロやバルナバなのか考えてみてください。




メッセージのポイント
アンティオキアの教会は福音をヨーロッパに伝える働きのベースキャンプでした。彼らは教会がアンティオキアで栄えることではなく、イエスを紹介するために用いられることを喜びとしていました。そのために自分たちの中心的な指導者を送り出すことも厭いませんでした。そのように彼らを導いたのは聖霊です。ユアチャーチは様々な民族によって構成されているという意味でアンティオキアの教会に似ていますが、イエスを紹介するために用いられることを喜びとするという点でも似ていたいと願います。私たちが聖霊の導きに従い、働きを続ける時に、聖霊は必要な力を与えて下さり、私たちは任務を果たすことができます。

話し合いのために
1) アンティオキアの教会はどんな教会だったのでしょうか?
2) 総督はなぜイエスを主と信じることが出来たのでしょうか?