<メッセージノート>

2013/7/21 使徒言行録 13:13-31
イエスの証人

A イエスとダビデ


1) イエスの前触れとしてのダビデ (13-22)

パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。 パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。 律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。 そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。 この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。 神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。 これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。 後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』


2) ダビデの末裔としてのイエス (23-26)

神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。 ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。 その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』 兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち、この救いの言葉はわたしたちに送られました。



B あなたはどちらに?

1) イエスを否定した人々 (27-29)

エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず、また、安息日ごとに読まれる預言者の言葉を理解せず、イエスを罪に定めることによって、その言葉を実現させたのです。 そして、死に当たる理由は何も見いだせなかったのに、イエスを死刑にするようにとピラトに求めました。 こうして、イエスについて書かれていることがすべて実現した後、人々はイエスを木から降ろし、墓に葬りました。



2) イエスの証人となった人々 (30,31)

しかし、神はイエスを死者の中から復活させてくださったのです。このイエスは、御自分と一緒にガリラヤからエルサレムに上った人々に、幾日にもわたって姿を現されました。その人たちは、今、民に対してイエスの証人となっています。(30,31)



メッセージのポイント
ピシディア州のアンティオキアのユダヤ人会堂で語られたパウロの説教は、ペトロやステファノの説教と同様に、旧約聖書の教えの完成者としてのイエスを伝えるものでした。イエスの登場は、ダビデ的指導者としてのメシア(救い主)を求めるユダヤ人にはほとんど認められず、イエスは処刑されましたが、ごく少数の人々はイエスの復活の証人として歩み始め、その知らせは私たちに届きました。この知らせを聞いた人には、イエスを否定するか、証人となるか、どちらかの態度を取ることを求められます。

話し合いのために
1) パウロはなぜダビデの話をしたのですか?
2) イエスの証人とはどのような人々のことですか?

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<メッセージ全文>

2013/7/21 使徒言行録 13:13-31
イエスの証人

A イエスとダビデ


1) イエスの前触れとしてのダビデ (13-22)

パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。 パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。 律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。 そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。 この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。 神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。 これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。 後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』

先々週、初めて登場したマルコと呼ばれていたヨハネですが、キプロスの西岸の港から小アジア、パンフリア州の港ベルゲまで来るとエルサレムに帰ってしまいます。今回の旅行で小アジアにまで足を伸ばすことに賛成できなかったのです。このことが後にパウロとバルナバが別々に行動することとなるきっかけとなった出来事でした。パウロとバルナバはベルゲから約150キロ北上して、彼らが出発した町と同じ名前を持つアンティオキアに到着します。安息日になると彼らはユダヤ教の会堂に入って着席しました。不思議なのはエルサレムでは身の危険を感じるほどに、ユダヤ教宗教指導者に攻撃されていたのに、ここではユダヤ教会堂に堂々と入り、そこの人々は喜んでパウロの話を聞きたがっていたということです。このことが不思議に思えるのは、私たちが現代の感覚で「宗教」を考えるからです。まだこの時代には新約聖書もなく、キリスト教という団体もありませんでした。それどころか、ユダヤ教さえも組織された団体のようなものではなかったのです。パウロがユダヤで宗教指導者たちからにらまれていたことや、彼らが最近殺した異端者「イエス」の教えを広めていることは知られていたと思いますが、ユダヤ社会全体はまだイエスの福音に耳を傾けることができる状態でした。パウロもまた出エジプトから話を始めますが、それはユダヤ教徒に耳触りの良い話ををきっかけにと、戦略的に考えたというよりは、パウロ自身の信仰では、出エジプトもまた主イエスを信じることにつながる線上にある福音の出来事だったのです。イエスキリストを主と信じることは、ユダヤ人の教えに反することではなく、むしろ旧約の教えを正しく受け止めることだと確信していたのです。
 今読んだところまでが、彼の長いメッセージの前半部分です。出エジプトから始めましたが、この部分での話の中心はダビデです。「メシア、救い主はダビデの子孫から産まれる」というのがユダヤの常識でしたから、系図でみればダビデの子孫であるイエスこそ救い主だと主張するための前提を話しています。ユダヤ人がメシアと考えていたのは、軍事的、政治的な指導者でしたから、十字架にかかって死んだイエスをメシアとは考えられなかったのです。しかしこのことは、今の私たちの社会も同じです。今日は投票日ですが、私たちはこの国を、軍事的に、経済的に、政治的に正しく導くのは誰かということを考えて投票します。大切なことですから、良い指導者を願うのは当然のことです。しかし多くの人は当時のユダヤ人と同様に、もっと大切な、人間にとって根本的な「心」の平和、安定をもたらしてくれるのは誰かということにはほとんど関心がありません。あなたにとって理想的なリーダーが立てられたとしても、その政府は、あなたの魂、心、身体のすべてを満足させることはできません。だから、本当のメシアが必要なのは、私たちも同じなのです。


2) ダビデの末裔としてのイエス (23-26)

神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。 ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。 その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』 兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち、この救いの言葉はわたしたちに送られました。


ダビデはイスラエルの歴史の中で最も有名で敬愛されてきた王です。聖書もどの王よりも彼の歩みにページを割いていますが、それは神ご自身が選び出した王だったからです。ユダヤの背景を持つ人にとって、イエスが主であることの重要な根拠の一つは彼が、ダビデの子孫にあたることです。バプテスマのヨハネは、イエスが宣教を始める前から、彼がメシアであることを知ってここに書かれているように、彼をメシアと見て従おうとするものに対し、イエスこそ待たれていたメシアだと告げました。
ダビデが誰よりも優れていた王であることは確かですが、彼が人間的な限界を持つ者であり、軍事的、政治的には世を救う者(メシア)とはいえても、全ての人の罪を背負うことのできる、罪の傷の全くない存在とは成り得なかったのです。ダビデはメシアではありませんが、生き方のお手本としては貴重な人です。ひどい失敗もしますが、まっすぐに神様を見上げる、つまづいても倒れても神様について行こうとする彼の態度は、イエスについて行こうとする者に求められる者なのです。


B あなたはどちらに?

1) イエスを否定した人々 (27-29)

エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず、また、安息日ごとに読まれる預言者の言葉を理解せず、イエスを罪に定めることによって、その言葉を実現させたのです。 そして、死に当たる理由は何も見いだせなかったのに、イエスを死刑にするようにとピラトに求めました。 こうして、イエスについて書かれていることがすべて実現した後、人々はイエスを木から降ろし、墓に葬りました。


パウロは、ここでイエスに対する正反対の二種類の態度が表されたことを語りました。イエスを否定したのか、イエスの証人になったのか、の二つです。イエスを否定したのは当時のイスラエルの宗教的にも政治的にも中心であったエルサレムの指導者達でした。イエスについての旧約聖書の預言を正しく受けとめることができず、十字架につけてしまいます。自分たちが正しく、神に近い者だ、権力があって当然だと考える人々でしたが、それは、アダムとエヴァの態度と全く同じです。ここに聖書のいう「罪」があります。罪は生物学的に遺伝するものではありません。ですからどんなに遺伝子研究が進んでも罪のない人間を作り出すことはできません。しかし神は罪のある人間を作りたかったわけではありません。自由な意思を持って神に従う人を創りたかったのです。自由な意思を与えるということは、背くことを選ぶ自由も付いてくるということです。どんなに良いことをしても、それが、強制や、その人の意思とは関係なしにできるのであれば、良いことをしているとは言えません。神様は私たちをプログラム通りに行動するロボットや、季節に従った花を咲かせ実を実らせる植物のようには作られませんでした。正しいとは何か、正しく生きるためにはどうしたら良いか?人類はずっと考え続けてきました。哲学者、宗教家、教育者、政治学者、経済学者が限定的な答えを発見して社会に貢献してきました。しかし全体をカバーする答えを人類は出してはいません。けれども聖書はその成り立ちから一貫して「その答えは、イエスに従って歩むことです。」と主張し続けています。私たちも、アダムやエヴァやエルサレムの人々と同じ選択をすることができます。イエスに従わないことによってそれは可能です。


2) イエスの証人となった人々 (30,31)

しかし、神はイエスを死者の中から復活させてくださったのです。このイエスは、御自分と一緒にガリラヤからエルサレムに上った人々に、幾日にもわたって姿を現されました。その人たちは、今、民に対してイエスの証人となっています。(30,31)


イエスを否定した人々と同じ文化的、宗教的背景を持った人の中でも、最初の十二人の弟子たち、それを取り巻く人々は、イエスを否定しませんでした。27-29節と30,31節は対照的に書かれていますが、後に出てくる少数の人々は、否定しなかった、肯定しただけではなく証人となったという言葉が印象的です。イエスをめぐっての態度を二分するとしたら、否定するか肯定するかではなく、否定するかと証言するかなのです。それは、イエスを信じることが自分の心の中だけの問題ではないということを意味します。聖書はそのような生き方を「香り」という美しい表現を用いて勧めています。

神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。 救いの道をたどる者にとっても、滅びの道をたどる者にとっても、わたしたちはキリストによって神に献げられる良い香りです。 滅びる者には死から死に至らせる香りであり、救われる者には命から命に至らせる香りです。このような務めにだれがふさわしいでしょうか。 (2コリ 2:14-16)

オーデコロンの香りは、押し付けがましいものでは逆効果で人から敬遠されてしまいます。証言といっても口を開けば、いつも「イエスのことを信じなさい、教会に行きましょう」と言うような態度は、コロンが強すぎる人のように、人をイエスから遠ざけてしまいます。あなたが自然にキリストの良い香りを帯びているなら、あなたに近づいた人は、あなたが口を開かなくても、あなたが信じるイエスを意識してくれるはずです。つまり私たちの存在が、全生活がイエスを証言するものになっているかということが問われているということです。それは言ってしまえば、イエスのような愛の人となるということですが、自分のことを見るならば、よほど楽観的な人でない限り、絶望的な気持ちになるはずです。私達は赦されて、イエスの体の一部になったのに、人格ということを考えればちっとも改善されてないと思ってしまうのです。けれどもイエス御自身は、あなたにちっとも絶望していません。絶望していないどころか、愛して、友と呼ぶことを恥とせずに、もちろんあなたのために十字架にかかったことを後悔されることもないのです。私達にできることはいつでもどこでもイエスといることでしょう。わたしは、イエスに従うという表現が好きで、そういう者になりたいと思っていますが、それは他の人間関係を捨てて、人のことは見ずにという意味ではありません。イエスは、宗教家たちが嫌がって近づかない人々の中に飛び込んでゆき、共に食べ、飲み、聴き、話しました。パウロが「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」 (Romans12:15) と命じたのは、それがイエスの生き方だったからです。さあ今週も、皆さんの大切な人の中に、イエスのように、イエスと共に飛び込んでゆきましょう。共に食べ、飲み、聴き、話し、喜び、泣きましょう。それがイエスの証人のライフスタイルです。


メッセージのポイント
ピシディア州のアンティオキアのユダヤ人会堂で語られたパウロの説教は、ペトロやステファノの説教と同様に、旧約聖書の教えの完成者としてのイエスを伝えるものでした。イエスの登場は、ダビデ的指導者としてのメシア(救い主)を求めるユダヤ人にはほとんど認められず、イエスは処刑されましたが、ごく少数の人々はイエスの復活の証人として歩み始め、その知らせは私たちに届きました。この知らせを聞いた人には、イエスを否定するか、証人となるか、どちらかの態度を取ることを求められます。

話し合いのために
1) パウロはなぜダビデの話をしたのですか?
2) イエスの証人とはどのような人々のことですか?