<メッセージノート>

2016/1/3 2016 年頭メッセージ (ヨシュア記1:5-9、テモテへの手紙 I 6:11,12、テモテへの手紙 II 4:1,2)
世代から世代へ

永原アンディ


1. なぜこのタイミングで?(ヨシュア記1:5-9)

一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。 強く、雄々しくあれ。あなたは、わたしが先祖たちに与えると誓った土地を、この民に継がせる者である。 ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。 この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。


2. 私たちが追い求めること (テモテへの手紙 I 6:11,12)

しかし、神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。


3. 私たちに与えられている働き(テモテへの手紙 II 4:1,2)

神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。



メッセージのポイント
モーセからヨシュアへ。民の指導者が交代してイスラエル民族は新しい時代を迎えました。エジプトを脱出してから40年、ようやく約束の地に入ろうとするとき、神様は世代交代を望まれました。ユアチャーチも世代交代の時にあります。若い世代が成長し、中心となって働けるようになっています。自分の成長を求め、教会の成長を求めましょう。

話し合いのために
1) 2016年、あなたはどのような成長を自分に求めますか?
2) ユアチャーチはどのような教会を目指しているのでしょうか?

子供達のために
出エジプトについては子供達も聞いていると思いますが、実は約束の地に着くまでに40年もかかったこと、エジプトを出た時、大人だった者で約束の地に入るまで生きていたのは、ヨシュアとカレブの二人だけだったこと。この二人だけだったことはまだ聞いていないと思います。このことを話してあげてください。ヨシュアはモーセに後継者として任命され民をカナンの地に導き入れました。カレブも指導者の一人として活躍しました。ユアチャーチにも二人の指導者がいて、今アンディから真理ちゃんへ交代の時期が始まっていること。やがて、今の子供達の世代から、また次のリーダーを神様が起こしてくださることを伝えてください。皆さんもユアチャーチの牧師やリーダーの一人となる時が来るのです、と励ましてください。

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<メッセージ全文>

2016/1/3 2016 年頭メッセージ (ヨシュア記1:5-9、テモテへの手紙 I 6:11,12、テモテへの手紙 II 4:1,2)
世代から世代へ

永原アンディ


1. なぜこのタイミングで?(ヨシュア記1:5-9)

一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。 強く、雄々しくあれ。あなたは、わたしが先祖たちに与えると誓った土地を、この民に継がせる者である。 ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。 この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。

 神様に従い、イスラエルの民をエジプトから導き出したモーセは、40年の長い旅を導き、ようやく約束の地に入ろうというタイミングで、神様からあなたは死に、約束の地には入れないからヨシュアを後継者にしなさいと告げられます。 モーセとともに民を導いてきたアロンもすでに亡くなっていました。モーセは、アロンの子、祭司エルアザルとともにヨシュアを任命します。(民数記27章) ヨシュア記は、モーセから民を導く役割を受け継いだヨシュアがついに約束の地に人々を導き入れたことが書かれています。今読んだテキストは、ヨシュアが指導者としての働きを始めた時、神様が彼に語られた約束の言葉です。実際ここに書かれている通り、ヨシュアの人生は、他の時代のどの指導者にくらべても、順調に役割を果たし、穏やかに世を去ったことが、このヨシュア記を読むと明らかです。それと比べるとモーセはちょっとかわいそうな気がします。やっとの思いで民をエジプトから脱出させ、神様とすぐ不平不満を言う民との板挟みとなって40年間、苦労してきたのはモーセです。モーセは神様からの語りかけを聞きながら、民を導いてきました。交代の時も神様から教えられたのです。モーセ自身にとっては納得の交代だったのです。ヨシュアは青年の頃から、モーセの従者としてモーセのリーダーとしての振る舞いを見てきました。自分にはモーセのようなカリスマがないこともよく知っていました。モーセは神様から教えられてヨシュアを選びましたが、ヨシュア自身には不安もあったでしょう。このテキストは、そんなヨシュアを励ますために語られた神様の言葉なのです。

 神様はここでヨシュアに対して良い歩みをするために、ただ大丈夫だよ、と言っているのではなく、良い歩みとなるために必要な事を伝えています。それは、律法を忠実に守るという事です。その後のイスラエルは、律法を守るという事を誤解していました。旧約聖書に記されている様々な戒律を文字通り守る事だと受け取ってしまったのです。イエスはこの誤解を解き、律法の本質は「愛する事」なのだという事を身をもって教えてくれました。パウロはこの事を<愛によって互いに仕えなさい、律法全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです。(ガラテヤ 5:13,14 )>と教えています。

 私たちも今年この言葉に励まされて歩んで行きたいと思います。私たちがユアチャーチを始めたのは、ユアチャーチのような教会が他になかったからです。そのためには新しく始めるしか方法はありませんでした。直接のきっかけは、ハワイでホープチャペルの牧師ラルフ・モアのメッセージを通して、神様が私の心に、「行って始めなさい」と語りかけてくださったことに始まります。それ以来いろいろなタイミングで、神様は人を通して、あるいは直接心に語りかけてくださるという方法で大切なことを教えられてきました。もちろん、そうではない考えを神様から来たものと思い違いをして失敗した事も沢山あります。しかし、神様の語りかけに従ってきた結果が、ここの一つのキリストの体の一部が大きな家族として存在していることには間違えありません。イエスに従う者にとって、神様を愛し、互いに愛し合い、世界を愛するということ、神様に仕え、互いに仕え合い、世界に仕えるということが一番大切なのだとユアチャーチ以上にしっかりと意識している教会を私は知りません。それは私が優れていたのではなく、私たちが神様の導きに従ってきたからです。

 私は、ずっと前から60歳になったら引退しますと言い続けてきました。神様がそう言っておられるという確信があったからです。池田牧師を迎えてからではなく、彼女がまだイエスを知らなかった時から、そう考えてユアチャーチにもヨシュアが与えられるように祈ってきたのです。
 今までの私たちの歩みは、私たちにとっての出エジプトだったのです。迫害されて出てきたわけではありません。後悔や苦しみがあったわけでもありません。ただ、新しい所に向かいなさいと言われて出てきたことと、まだ道の途上にあるという意味で出エジプトなのです。モーセからヨシュアが働きを受け継いだようにヨシュアも次の世代に働きを委ねました。私たちも同じことです。ただ、ヨシュアの時代に約束の地に入れたように、ユアチャーチもこの世代交代の後に新しいステージに入ることができると、私は強く感じているのです。実際には、60を少し超えてしまいますが、ここ数年で実現することはできるでしょう。そこに皆さんを案内するのは私ではない事を、私はよく知っています。私は、モーセのように、あなたは地を去るとは言われていないので、指導者としてではなく家族の一員として、皆さんとその時を迎えたいと思っているのです。

 今日のメッセージは皆さん全てに対するチャレンジです。30、40代の皆さん、皆さんは同世代の新しい牧師とともにユアチャーチのリーダーシップを担ってゆくことを期待されています。今までのどのような教会よりも、人々の魂のニーズに応えられる、多くの人々にイエスを紹介できる教会を目指して進むエンジンとなってください。20代以下の皆さんには、荒野をさまよっていた頃の青年時代のヨシュアのように、リーダーたちがどのように神様の声を聞いて進んで行くのかを見ながら、彼らに従い成長して欲しいのです。彼らの働きを自分ができることでサポートし、今を喜び楽しむことだけではなく、10年先、20年先に神様が自分たちを通してなされる、さらに大きな業を夢見て期待して歩み続けて欲しいのです。さて50代以上の皆さん。皆さんに求められているのは若者であり続けることです。肉体のことを言っているのではありません。若い柔らかな心を持ち続けてくださいということです。若者たちの喜びを自分の喜びとしてください。私のエジプト時代の話を少ししましょう。キリスト教会の高齢化が問題になり始めた頃のことです。教会に親しめない若者のために、彼らが親しめる音楽を用いると、長く教会生活をしてきた人々は嫌がりました。使徒信条や主の祈りをもう若い人には意味がわからない文語体ではなく普通の使う言葉ですると伝統を大切にするべきで、若い人に媚びてはいけないと言われました。それはつまり、来たい人が自分に合わせればいいという考えです。頑固な老人的思考です。実年齢ではありません。エジプト的環境には40代の老人も珍しくないのです。幸い、ユアチャーチには老人的思考が入る余地はありません。パウロは言いました、「ユダヤ人にはユダヤ人のようなりました、律法を持たない人には律法を持たない人のようになりました」 パウロは一人でも多くの人にイエスを紹介したくですべての人の奴隷となったとさえ言っています。私のエジプト時代の教会では、年齢の高い人たちは「若者にイエスを知らせたい、教会に来てもらいたい」と思いながら一方で「若者の奴隷にはなりたくない」と思っていたのです。これでは愛している事にはならないのです。大切なのは、愛すること、最も大きな愛は自分を犠牲にすることです。イエスの愛を知らせること。そのために若者になってください。

 世代別のメニューを紹介したのですが、私たちに求められている事の本質は同じです。それをテモテへの手紙 I 6:11,12から確かめたいと思います。


2. 私たちが追い求めること (テモテへの手紙 I 6:11,12)

しかし、神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。

 避けなさいというのはこの直前に書かれていることです。今日は触れませんので、気になる方は直前の箇所を家で読んでみてください。今日は、避けるべきことではなく、追い求めるべきことを確認しておきたいのです。たくさんありますね。少しわかりやすく補足してみましょう。

1) 神様が教えてくださる正義の実現すること
2) 神様との関係をなによりも大切にして礼拝することを中心とした生活
3) 日常生活の中で神様を信頼して生きること
3) イエスのように愛すること
4) 導かれていることを信じて、諦めずに困難な時を忍耐し続ける
5) イエスのような柔和な態度を持つこと

 これは言ってみれば、神様に対する愛、互いに愛し合うこと、世界に対する愛です。コリントの人々にそう言ったように一言で「愛を追い求めなさい」と言うこともできたのです。しかしパウロは注意深く、愛の表し方が多様でありバランスを欠けば教会は不健康なものとなることを知らせる必要があったのです。例えば正義を追求することだけに重点を置き、時間も労力もそこにつぎ込んで礼拝が中心でなくなれば、それはもう教会ではなくなってしまいます。何よりも礼拝が大切だからといって、それだけをしているなら、イエスがなさったように出て行って人を愛することはできなくなります。これら六つの要素の強弱は、置かれている状況によっても異なります。全く同じようである必要はありませんが、どれも欠かすことはできないのです。これらの中で自分に足りないところはどこだろうか、と時々考えてみることが必要でしょう。


3. 私たちに与えられている働き(テモテへの手紙 II 4:1,2)

神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。


 御言葉を宣べ伝えなさい、とあります。み言葉、それは聖書を通して語られる神様の言葉です。直接的には、牧師としてのテモテに命じられた言葉です。けれども、それは教会の中心的働きです。人に伝えるということが私たちの働きであるということがポイントです。私たちは自分が聞いて、自分たちのこととして前の項でお話ししたような事柄を追い求めるだけではなく、人々にもそのような生き方を勧めなさいと命じられているのです。わたしたちは、求められている生き方が、主イエスなしには不可能なものであることを知っています。ですから伝えることの中心は、イエスです。イエスをまだ知らない人々に紹介する。それが教会の最重要な働きなのです。その担い手は皆さん一人一人です。この働きを進めてゆくために、書かれている通り、順調な時も困難な時も変わることなく、とがめ、戒め、励ましあいましょう。忍耐強く教え、教わりましょう。励ましあうことより、とがめること、戒めることは難しいことです。私たちの内に神様の愛に基づく信頼関係がなければ出来ません。しかし表面的な調和を保つために、励ましあうだけで、とがめる、戒めるということを避けるなら、私たちは神様から期待した成長を遂げることはできません。テモテが神様の期待に応え、パウロの戒め、励ましを受けて成長したように、私たちも自分がどのような世代であれ、神様の期待の応えて楽しく2016年を歩んで行きましょう。


メッセージのポイント
モーセからヨシュアへ。民の指導者が交代してイスラエル民族は新しい時代を迎えました。エジプトを脱出してから40年、ようやく約束の地に入ろうとするとき、神様は世代交代を望まれました。ユアチャーチも世代交代の時にあります。若い世代が成長し、中心となって働けるようになっています。自分の成長を求め、教会の成長を求めましょう。

話し合いのために
1) 2016年、あなたはどのような成長を自分に求めますか?
2) ユアチャーチはどのような教会を目指しているのでしょうか?

子供達のために
出エジプトについては子供達も聞いていると思いますが、実は約束の地に着くまでに40年もかかったこと、エジプトを出た時、大人だった者で約束の地に入るまで生きていたのは、ヨシュアとカレブの二人だけだったこと。この二人だけだったことはまだ聞いていないと思います。このことを話してあげてください。ヨシュアはモーセに後継者として任命され民をカナンの地に導き入れました。カレブも指導者の一人として活躍しました。ユアチャーチにも二人の指導者がいて、今アンディから真理ちゃんへ交代の時期が始まっていること。やがて、今の子供達の世代から、また次のリーダーを神様が起こしてくださることを伝えてください。皆さんもユアチャーチの牧師やリーダーの一人となる時が来るのです、と励ましてください。