*2004年4月18日メッセージノート* (Mat. 17:24-27)

「世に対するイエス様の配慮」 Jesus' Consideration for this World

今朝は再びマタイによる福音書のシリーズに戻ってお話します。それではまず聖書を開き、注意深く読んでゆきましょう。

一行がカファルナウムに来たとき、神殿税を集める者たちがペトロのところに来て、「あなたたちの先生は神殿税を納めないのか」と言った。ペトロは、「納めます」と言った。そして家に入ると、イエスの方から言いだされた。「シモン、あなたはどう思うか。地上の王は、税や貢ぎ物をだれから取り立てるのか。自分の子供たちからか、それともほかの人々からか。」ペトロが「ほかの人々からです」と答えると、イエスは言われた。「では、子供たちは納めなくてよいわけだ。しかし、彼らをつまずかせないようにしよう。湖に行って釣りをしなさい。最初に釣れた魚を取って口を開けると、銀貨が一枚見つかるはずだ。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい。」

神殿を維持する献金について、納めるべきなのかどうかという問題です。イエス様はローマへの税金を払うべきかどうかと試みられたこともありました(22章)。似ていますがそれとはちょっと状況が違います。ローマに対する納税の問題は、ユダヤの中でも対立のある問題でありどう答えても、権力者に逆らうか、当時の宗教的正義に逆らうかのどちらかになってしまう性質のものでした。ここで書かれている神殿税と言うのは神様にささげられるものですから、ユダヤ人にとってささげること自体には何の問題もない当然のことでした。だからこそペトロもはっきりと「イエス様は納めます」とこたえました。

A.イエス様のスタンス Jesus' stance

1)原理・原則・本質を忘れないNot forgetting the fundamentals, principles, or the essences

収めるということ自体はまったく異存のないことでしたが、イエス様はこのときをとらえて、弟子達に自分が誰なのかをはっきりとさせたのです。「神様の一人子」ということを。

イエス様が一人の人として世界におられたとき、神様としての特権は何一つお使いになりませんでした。私たちの生き方のお手本として地上を歩いてくださったのです。イエス様があまりにも人々に近くいてくださったので、「神様であり人である方」ということを弟子たちは復活にいたるまではしっかり出来ていたようではありません。この復活のときに思い出せるように、地上の歩みの中で特権は用いられませんでしたが、何度かご自身がただの先生ではないことを彼らに告げていました。この箇所はそのひとつでした。日常生活の中で、私達は誰に従って生きているのか?何に頼って生きているのか?思い出すことが大切です。地上の王様や貴族や権力者と違って、使える特権はあまりないのですが、自分がすべての主、王の王と共に歩んでいる者であることを忘れないようにしましょう。

2)地上の秩序を尊重するRespecting the order within this world

私達は神様の計画の中でこの時代のこの地域に置かれています。何で私達は神様の愛する子だと言われているというのに、ほかのみんなと同じ苦労をするのだろうと考えたりしませんか?子供の頃遊園地に行って思ったことがあります。「お父さんがここのオーナーだったらなあ、休みの日に、こんな長い行列なんか待たずにいろんな乗り物に乗り放題が出来るだろうなあ」でも遊園地が楽しいのは多くの人が一緒に楽しんでいること、おしゃべりしながら待つ多少の行列さえ楽しみの一つです。イエス様は、喜びも悲しみもともにしてくださるほどに私達を愛しておられます。人生は遊園地のように楽しいことばかりではありませんが、キリストの愛で生きる、人を愛するということは、その人の持っていない特権で自分だけが楽をするのではなく、同じ立場におかれることを喜ぶということなのです。

B.私たちが問われていること What is asked of us

1)原理主義と自由主義の間で Between fundamentalism and liberalism

原理主義という言葉は2年前まではあまり普通の生活では聴かない言葉でしたが9/11ですっかり有名になってしまいました。しかし原理主義というのはイスラムだけのものではありません。もともとはアメリカのキリスト教の中のムーヴメントを表現する言葉として誕生しました。それは聖書の解釈の仕方があまりにも人間側の都合で勝手な方向に行きすぎ、神の言葉としての権威さえ疑うような流れに対する反動として起こった、聖書の教えに忠実になろう、聖書を神の言として信じようというものでした。ですからそのこと自体、決して悪いことではなかったのです。けれども現代のキリスト教原理主義者といわれる人々の活動はとても政治的なもので、しかも今のアメリカの戦争に走ってしまいがちな考え方の後ろ盾となっています。イスラム原理主義が「コーランの教えのためには異教徒はどんな目にあってもかまわない」という間違った考え方だと非難されるのとおなじように、キリスト教原理主義は「聖書の教えに従って、ユダヤ人とイエス様を信じて新しく生まれ変わった者以外はどんな目にあってもかまわない」という間違った考えに陥っています。なぜ一見よさそうに思える、「人間的な解釈を加えずに原理に戻ろうとする」原理主義がおかしな方向にいってしまうのでしょうか?それは簡単なことです。解釈なしに聖書を読める人は一人もいません。私達は神様ではないのですべてを直感することは出来ません。結局解釈しないでといいながら、その人の解釈を無意識に採用して読んでいるわけです。たちが悪いのは本人がそれを自分の解釈ではなく神様がそう言っていると思い込んでいるところです。この意味から実は自由に解釈を試みようとする自由主義も、「解釈を加えずに原理に戻ろう」と考える原理主義も、どちらもイエス様の福音かえらはどんどん離れていってしまいます。イエス様という存在が原点ではなかったのでしょうか?イエス様は「私を信じないものは皆ひどい目にあわせろ」とはおっしゃいませんでした。むしろ「武器を取るものは武器で滅びる」といわれた方です。実際、イエス様も当時のユダヤ原理主義(という言葉はありませんが)のパリサイ人や律法学者たちからは超リベラルと非難され、反対にローマや政治家からは危険な原理主義者のように言われどちらからも忌み嫌われたのです。聖書を使って自分の主張をするような人々に騙されないようにするには、自分ができるだけ正しく受け取ることができるように聖書の言葉、とりわけイエス様の言葉を心に植えて大切に育ててゆくことが大切なのです。

2)世にいるけれど属してはいない、という生き方

"Being 'in' this world but not 'of' this world", as a lifestyle

それはまさにイエス様がなさった歩み方です。この世の苦労や悲しみを周りの人と分かち合いました。弱い者、小さい者、病人の側に立つ方でした。賞賛とその何倍もの口汚い罵りを受けました。特権は用いず、しるしも見せなかったので、そのとき彼を救い主と信じることの出来たのは、ほんの一握りの人々でした。しかしそれこそが天の父に最も忠実な生き方だったのです。聖書には「しかも十字架にいたるまで忠実だった」と書かれてるとおりです。聖書に忠実な生き方、神様に忠実な生き方とはどういうものなのか?ぜひみなさんも真剣に考えてみてください。

メッセージのポイント

イエス様は、私たちがこの地上での歩みの中で直面する様々な問題にどう対処してゆくべきか、身をもって教えてくださいました。私たちがこの世界で生きてゆくときに、クリスチャンとして矛盾を感じながら、したくはないのにしなければならないこと、したいのに出来ないことが多くあります。不本意ながらもしなければならない、あるいはしてはならない理由は「その人をつまずかせない」ためです。つまずかせるとは、イエス様を紹介したいのに、あなたの言動が「この人が紹介してくれる人ならぜひ知りたい」ではなく、「この人が紹介する人なんて知りたくもない」と思わせてしまうことです。

As we live in this world as Christians, we face contradictions and dilemmas, having to do what we do not want to do and being unable to do what we do want to do. Jesus has taught us how to deal with the various issues we face in this world through his own experience. Despite our wishes, we must or must not do certain things in order to avoid being a 'stumbling block'. Making other stumble results in preventing you from introducing Christ to them.

話し合いのヒント

1)イエス様は神の子なのにどうして神殿税を払うことにしたのですか? 
 Why did Jesus pay the temple tax even though he was the son of God?

2)あなたが最近誰かをつまずかせないために「しなかった」のはどんなことですか?
 What have you kept yourself from doing recently in order to avoid making someone 'stumble'?