信仰とヴィジョン


目次
0. はじめに(メンバーシップ、ユアチャーチカヴェナント)
1. 私たちが信じていること
(聖書・神・教会・使徒 / ニカイア信条)
2. ユアチャーチが大切にしていること(教会の目的)

A. 主を愛し、主に仕える (ワーシップ=礼拝)

B. 互いに愛し合い、仕え合う (交わり)

C. 道、真理、命であるイエスキリストとその言葉を紹介しその意思を実践する
(a)イエスを紹介する (b)イエスの意思を行う

3. ユアチャーチのめざす教会の姿

A. 次世代に開かれた教会=新しい革袋

B. いやす教会=心の傷を癒し、霊的健康を取り戻す働きを行う

C. 育てる教会=一人一人が与えられた資質をさらに伸ばす

D. 送り出す教会=国内外にそこで必要とされる人々を送り出す

4. 教会の目的、目指す教会の姿を実現するための教会の基本的考え方

A. 新しい革袋

B. ミニチャーチを基本とした教会のかたち

C. 教会の意志決定の仕組み

D. ユアチャーチにおける聖礼典

E. ユアチャーチの献金についての考え方

F. ミニチャーチ以外の集まり

5. 私たち一人一人の責任(カヴェナントメンバーの責任の5つの要素)

 


0.はじめに(ユアチャーチのメンバーとは)

ユアチャーチでは従来多くの教会が採用してきた教会籍制度は採っていません。それではどのようにしてメンバーとしてみなされるのでしょうか?この文書にはユアチャーチのあり方や仕組み、メンバーに期待されることなどが記されています。ここに記されていることに同意し、ユアチャーチの中で継続的に、いやされること、成長すること、働きを担うことを願い、その過程にある人は誰でもユアチャーチのメンバーになることができます。メンバーとなることを希望する人は毎年、メンバーの誓約(ユアチャーチカヴェナント)に署名して提出します。牧師を含め誰もが一年に一度、自分の属するキリストの体(教会)に献身の誓いを新たにします。
メンバーになることを検討していて、ユアチャーチのあり方についてもっとよく知りたい人のために必要に応じてカヴェナントクラスを開きます。カヴェナントクラスではこの文書をテキストとして、理解を深めます。

 

ユアチャーチ・カヴェナント(メンバーの誓約)

私はこの三つの誓約を誠実に守り、ユアチャーチのメンバーとして歩むことを約束します。

私は礼拝を生活の中で最優先することと十分の一の献げ物によって神様を愛し神様に仕えます

彼らの議論を聞いていた一人の律法学者が進み出、イエスが立派にお答えになったのを見て、尋ねた。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」 イエスはお答えになった。「第一 の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 (マルコ12:28-30)

私はあらゆる機会(日常生活、ミニチャーチの交わり、ミニストリーグループの働きなど)に、惜しみなく分かち与えることによって互いに愛し仕えあいます

イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。 世の富を持ちなが ら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て同情しない者があれば、どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。 子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合 おう。(1ヨハネ 3:16-18)

私は神様の世界に対する働きを担い、様々な働きを支援することによって 世界を愛し世界に仕えます

「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけであ る。 あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。 また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを らすのである。 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」 (マタイ 5:13-16)


1. 私たちが信じていること
<聖書>

旧新約聖書は神の霊感によってでき、キリストをあかしし、福音の真理を示すもので、教会のよらねばならないただ一つの正典です。聖書は、聖霊によって、神と救いとについて、完全な知識を私たちに与える神のことばであり、信仰と生活との誤りのない基準です。

<神>
主イエス・キリストによって示され聖書にあかしされている唯一の神は、父と子と聖霊との三位一体の神です。み子は私たち罪人の救いのために人となり、十字架にかかり、ただ一度ご自身を完全な犠牲として神にささげ、私たちのあがないとなられました。神は恵みをもって私たちを選び、ただキリストを信じる信仰によって、私たちの罪をゆるして、義とされます。この変わらない恵みのうちで、聖霊は私たちをきよめて、義の実を結ばせ、そのはたらきを完成されます。
<教会>
教会は主キリストのからだであって、恵みによって召された者の集まりです。教会は公同の礼拝を守り、福音を正しく宣べ伝え、洗礼(パブテスマ)と聖餐との聖礼典を行ない、愛のわざにはげみながら、主がふたたびこられるのを待ち望みます。
<使徒信条とニカイア信条>
使徒信条(初代教会から続く信仰の基準を言い表したものです)
私は、天地の造り主、全能の父である神を信じます。私はそのひとり子、私たちの主、イエス・キリストを信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死人のうちからよみがえり、天にのぼられました。そして全能の父である神の右に座しておられます。そこからこられて、生きている者と死んでいる者とをさばかれます。私は聖霊を信じます。きよい公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり、永遠のいのちを信じます。アーメン。(日本基督教団、教会教育用口語訳)
ニカイア信条 第1回コンスタンティノポリス公会議(381年)で定めらカトリック教会、正教会東方諸教会、大半のプロテスタント教会の信仰の基準を言い表したものです)

 わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。

わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。主は神のひとり子、すべてに先立って父より生まれ、神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、 造られることなく生まれ、父と一体。すべては主によって造られました。主は、わたしたち人類のため、わたしたちの救いのために天からくだり、聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、天に昇り、父の右の座に着いておられます。主は、生者(せいしゃ)と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。その国は終わることがありません。

 わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。 聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、栄光を受け、また預言者をとおして語られました。

 わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、死者の復活と来世のいのちを待ち望みます。アーメン

(日本カトリック司教協議会訳)


2. ユアチャーチが大切にしていること(教会の目的)

主を愛し、主に仕える (ワーシップ=礼拝) 互いに愛し合い、仕え合う (交わり) 道、真理、命であるイエスキリストとその福音を宣べ伝える (1)宣教・伝道 (2)社会に対する務め

A. 主を愛し、主に仕える(ワーシップ=礼拝)(祝祭=共に集まる礼拝, ミニチャーチ、家庭、個人における礼拝)

こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。(ローマ12:1,2)

教会全体で行われるワーシップは祝祭(セレブレーション)の性格を持っています。もっと規模の小さい集まり(ミニチャーチ、家庭、個人)におけるワーシップは神様との親しい交わりに重点が置かれます。ワーシップは私たちにとって何をすることよりも優先すべきものです。私たちは、共に集い神様に賛美と誉れを捧げて礼拝することを心から喜び楽しみます。私たちの言葉、歌、捧げものを通して、神様に対する愛と願いを自由に表すときです。教会で行われる礼拝だけがワーシップではありません。ミニチャーチや個人の日常生活においても、神様との良い交わりを保つために最も大切にして継続的に行われるべきものです。

B. 互いに愛し合い仕えあう(交わり)

愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。
(ローマ12:9-13)

互いに愛し合い受け入れあうこと。特にミニチャーチは私たちが最も大切にしている教会の集まりで、そこは集う者にとって主にあって親密な霊的ホームベースです。ここで私たちは主からの愛を互いに目に見える形で現します

C. 道、真理、命であるイエスキリストとその言葉を紹介しその意思を実践する

(1)イエスを紹介する

イエスは、近寄ってきて言われた「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなた方は行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼(バプテスマ)を授け、あなた方に命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
(マタイ 28:18-20)

私たちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かなあわれみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死人の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者として下さいました。あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。
(I ペテロ 1:3-5)

むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って「天の国は近づいた」と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死人を生き返らせ、らい病を患っているいる人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
(マタイ 10:6 8)

私たちが神様の恵みによりただで与えられたかけがえのない宝、確かな生きる道として、福音を伝えます。イエスを紹介することは私たちの自然な喜びのあらわれであって強制されてするものではありません。イエスを紹介することは次のような形でなされます

A. 教会成長(教会の機能を高め、提供できるミニストリーを充実させる)

B. 新しい教会を生み出す(教会の株分けや人々の派遣)

C. 個人の生活の場で、ミニチャーチでイエスを紹介する

(2)イエスの意思を行う

私の兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。もし兄弟あるいは姉妹が、着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき、あなたがたのだれかが、彼らに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と言うだけで、体に必要な物を何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう、信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。
(ヤコブ 2:14-17)

貧困、病、他からの助けを必要とする人々に対してイエス様が深いあわれみのまなざしを向けられたこととと実際に助けの手を伸ばされたことにならうよう、神が私たちの心にふれ、ヴィジョンを与えて下さるので、私たちはこれらの人々に対する、霊的、精神的、物質的な助けを行うと共に、社会に公正と正義を求め働きかけます。


3. ユアチャーチのめざす教会の姿
A. 次世代に開かれた教会=新しい革袋
B. いやす教会=心の傷を癒し、霊的健康を取り戻す働きを行う
C. 育てる教会=一人一人が与えられた資質をさらに伸ばす
D. 送り出す教会=国内外にそこで必要とされる人々を送り出す

4. 教会の目的、目指す教会の姿を実現するための教会の基本的考え方
A. 新しい革袋

ユアチャーチのメンバーは自分たちに心地よい教会であるよりこれからイエスに従って人生を歩もうと願う人々が受け入れやすい教会であることをめざし、信仰の本質に係わること以外は大胆に文化、社会、時代のニーズに応えて行きます。

・特定の年代のファッションや言葉に偏見を持たないこと
・礼拝のスタイル・集会のあり方についての固定観念にとらわれないこと
・教会でしか通用しないような特殊な表現をできるだけ避けること
・言葉・リズム・メロディーの面で新しいワーシップソングを生み出してゆくこと
・経済的に余裕のある世代が、そうではない世代のために大胆に捧げ、犠牲を払ってゆくこと

これらのことによって新しい革袋(柔軟な教会)として新しいワイン(新人類)を育てるのにふさわしい教会をめざします。

B. ミニチャーチを基本とした教会のかたち

ユアチャーチの最も大切な集まりは週に1回少人数(3人から8人くらい)で集うミニチャーチです。できるだけ多様なグループを週日の様々な時間に用意することをめざしています。どのミニチャーチに集うかは自由ですが、誰もがどれか一つのミニチャーチに属することを期待されています。ミニチャーチは少人数の親密な雰囲気の中で、必要な癒し・慰め・励まし・アドヴァイスが得られ、セレブレーションでのメッセージを日常生活に活かすこと、互いに愛し合うこと、仕え合うこと、伝道や社会に対する務めが自然にできるようになる、なくてはならない霊的なファミリーです。

ミニチャーチ牧師は教会メンバーの自発的な働きです。ミニチャーチ牧師はミニチャーチの中でミニチャーチ牧師を見習うことで養成されます。

ミニチャーチは親密な交わりができる人数を超えたら株分けをします。

ミニチャーチはイエスを伝えることが目的ではありませんが、親密な交わりを保ちながらも、まだ主に出会っていない人々にもオープンな場であることを目指します。

C. 教会の意志決定の仕組み

教会リーダーミーティングにおいてなされます。教会リーダーミーティングは月に一度開いています。決定は十分な話し合いと祈りを経て主任牧師の責任でなされます。新たな教会リーダーの採用についても教会リーダーミーティングでの合意により決定します

できる限り広くメンバーの考えが反映されるよう、月に一度、ハドルミーティング(教会メンバー総会。原則として月の最終日曜午後)が開かれます。教会の状況や会計が報告され、自由に発言して意見を表すことができます。

D. ユアチャーチにおける聖礼典

1、洗礼(バプテスマ) 誰でもイエス・キリストを自分の神、主と信じ、従うことを決意した人は洗礼(バプテスマ)を受けることができます。

2、聖餐式  聖餐式は洗礼とともに、私たちが守るべき礼典であると信じます。聖餐式は原則として月に2回(最終日曜日の午後/第一日曜と最終日曜を除く第一礼拝と第二礼拝の間)

E. ユアチャーチの献金についての考え方

献金は、私たちの礼拝の一部ですが、一人一人の自発性と他教会員、クリスチャンでない方を配慮して、礼拝プログラムの中には組み入れず、受け付けに献金箱を置き各自が自由に献げられるようにしています。 教会リーダーのうち、牧師以外の一人が会計責任者(会計係)を務めます。

(収入)私たちは聖書が収入の1/10を基準に自分の属する教会の働きのためにささげるよう命じていると信じ、メンバーに勧めます。教会活動を維持するための献金のほかに、外部団体への献金も奨励されています。しかし、個々の献金額は神様と個人の約束であって教会リーダーは誰がどれだけささげているかということを把握することはありません。自分の収入形態に合わせて、無記名で礼拝の前後に献金ボックスに入れます。毎週でも毎月でも良いのです。献金は毎礼拝後に教会リーダー(会計係を除く)がもう一人の立ち会いのもとで計算し、会計係に報告します。

(支出のルール)人件費は教会収入の1/2以内とします・有給スタッフの給与はその教会にある市町村の職員の同年齢の平均を上限とします。従って収入の1/2がスタッフ給与以外の教会活動全般に充てられます。

以上の原則に従って、会計係の管理のもと主任牧師の責任において支出します。前月の会計報告はハドルミーティングでなされます。月次、年次会計報告は誰でも閲覧する事ができ、内容について会計係に質問することができます。

F. ミニチャーチ以外の集まり

セレブレーション(共に集まる礼拝)日曜だけでなく週日にも必要に応じて開催する

ワーシップティームミーティング&練習 随時
ニューライフクラス(クリスチャン生活についての基本的な学び、随時)
各種セミナー 必要に応じて随時

 


4. 私たち一人一人の責任

(カヴェナントメンバーの責任の5つの要素)

A. 信じる

信じるとは心の中で「そう思っている」ということではありません。信じるとはイエス様を自分の主と確信し、信頼と服従によって行動することです。信じることの土台は、礼拝、祈り、聖書にあります。礼拝を生活の第一優先におくこと、折にふれて祈ること、日々聖書に親しむことは私たちの責任です。

B. 従う

神様の意思を注意深く聞き、その意思に従うこと。その中には教会のリーダーには教会のリーダーに従うことでもあります。一方リーダーたちには、委ねられた人々を、私利私欲によらず、自分の思いではなく、神様の意思によって導くという重い責任を神様から与えられています。もちろん彼らは神様の代理でも、あなたと神様の間に立つ者でもありませんし、皆と同じように完璧ではありませんが、神様によって立てられたことを教会が認めた人々です。

C.成長する

メンバーは礼拝、ミニチャーチ、各種クラス、セミナー、その他の教会活動に加わること、毎日の生活と祈りを通して霊的に成長します。

D. 献げる

一人一人が収入の1/10をささげる事によってキリストの体の機能を維持します。(参照:ユアチャーチの献金についての考え方)

E. 仕える

私たちがキリストの体(教会)の一部として一人一人に期待されていることは、(1)教会の様々な働きに自覚と責任を持って加わることと、(2)日常生活の中で自分が与えられた恵みや喜びを人々に伝え、愛することによりキリストの香りをはなち、イエス・キリストを紹介し、その人が神様との関係を回復する手助けをすることです