<メッセージノート>

2013/04/21 使徒言行録7:17-45 (出エジプト記、ヨシュア記)
ステファノに学ぶ「モーセの信仰」 

A. なぜ40歳のモーセの行動はうまく行かなかったのか?


1)
自分の正義感に頼った (17-24)

神がアブラハムになさった約束の実現する時が近づくにつれ、民は増え、エジプト中に広がりました。それは、ヨセフのことを知らない別の王が、エジプトの支配者となるまでのことでした。この王は、わたしたちの同胞を欺き、先祖を虐待して乳飲み子を捨てさせ、生かしておかないようにしました。このときに、モーセが生まれたのです。神の目に適った美しい子で、三か月の間、父の家で育てられ、その後、捨てられたのをファラオの王女が拾い上げ、自分の子として育てたのです。そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。四十歳になったとき、モーセは兄弟であるイスラエルの子らを助けようと思い立ちました。それで、彼らの一人が虐待されているのを見て助け、相手のエジプト人を打ち殺し、ひどい目に遭っていた人のあだを討ったのです。(17-24)




2) 神様に聞こうとしなかった (25-29)

モーセは、自分の手を通して神が兄弟たちを救おうとしておられることを、彼らが理解してくれると思いました。しかし、理解してくれませんでした。次の日、モーセはイスラエル人が互いに争っているところに来合わせたので、仲直りをさせようとして言いました。『君たち、兄弟どうしではないか。なぜ、傷つけ合うのだ。』すると、仲間を痛めつけていた男は、モーセを突き飛ばして言いました。『だれが、お前を我々の指導者や裁判官にしたのか。きのうエジプト人を殺したように、わたしを殺そうとするのか。』モーセはこの言葉を聞いて、逃げ出し、そして、ミディアン地方に身を寄せている間に、二人の男の子をもうけました。(25-29)




B. なぜ80歳のモーセは民を導き出すことができたのか?

1) 神様がモーセを任命した
(30-35)

四十年たったとき、シナイ山に近い荒れ野において、柴の燃える炎の中で、天使がモーセの前に現れました。モーセは、この光景を見て驚きました。もっとよく見ようとして近づくと、主の声が聞こえました。『わたしは、あなたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である』と。モーセは恐れおののいて、それ以上見ようとはしませんでした。そのとき、主はこう仰せになりました。『履物を脱げ。あなたの立っている所は聖なる土地である。わたしは、エジプトにいるわたしの民の不幸を確かに見届け、また、その嘆きを聞いたので、彼らを救うために降って来た。さあ、今あなたをエジプトに遣わそう。』人々が、『だれが、お前を指導者や裁判官にしたのか』と言って拒んだこのモーセを、神は柴の中に現れた天使の手を通して、指導者また解放者としてお遣わしになったのです。(30-35)



2) 徹底的に神様だけに仕えることを実践し、人々にも厳しく教えた。 (36-45)

この人がエジプトの地でも紅海でも、また四十年の間、荒れ野でも、不思議な業としるしを行って人々を導き出しました。このモーセがまた、イスラエルの子らにこう言いました。『神は、あなたがたの兄弟の中から、わたしのような預言者をあなたがたのために立てられる。』この人が荒れ野の集会において、シナイ山で彼に語りかけた天使とわたしたちの先祖との間に立って、命の言葉を受け、わたしたちに伝えてくれたのです。けれども、先祖たちはこの人に従おうとせず、彼を退け、エジプトをなつかしく思い、アロンに言いました。『わたしたちの先に立って導いてくれる神々を造ってください。エジプトの地から導き出してくれたあのモーセの身の上に、何が起こったのか分からないからです。』彼らが若い雄牛の像を造ったのはそのころで、この偶像にいけにえを献げ、自分たちの手で造ったものをまつって楽しんでいました。そこで神は顔を背け、彼らが天の星を拝むままにしておかれました。それは預言者の書にこう書いてあるとおりです。『イスラエルの家よ、お前たちは荒れ野にいた四十年の間、わたしにいけにえと供え物を献げたことがあったか。お前たちは拝むために造った偶像、モレクの御輿やお前たちの神ライファンの星を担ぎ回ったのだ。だから、わたしはお前たちをバビロンのかなたへ移住させる。』 わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました。これは、見たままの形に造るようにとモーセに言われた方のお命じになったとおりのものでした。この幕屋は、それを受け継いだ先祖たちが、ヨシュアに導かれ、目の前から神が追い払ってくださった異邦人の土地を占領するとき、運び込んだもので、ダビデの時代までそこにありました。(36-45)



メッセージのポイント
民を救い出したいというモーセの気持ちは正しかったのですが、自らの考えや力に頼って行動したので一度は失敗してしまいました。しかし、神様からの呼びかけによって再び立ち上がった時には神様を信頼し聞き従って、任務を果たすことができました。ステファノはこのモーセについてのメッセージを通して、彼を逮捕したイスラエルの人々に、アブラハムの子孫、モーセの教えの実践者と自認しているけれど、目に見える律法や神殿を守るためにイエス様を殺してしまったのは、実は彼らが、神様に敵対する、金の子牛を拝んでいた偶像礼拝者の魂を受け継いでいたからだという、鋭い指摘をしました。それは、彼らのうちにさらに大きな怒りを呼び起こしました。


話し合いのために
1) なぜモーセは最初の試みでは人々の心をつかめなかったのでしょうか?
2) なぜステファノはこの話に触れたのでしょう?

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<メッセージ全文>

2013/04/21 使徒言行録7:17-45 (出エジプト記、ヨシュア記)
ステファノに学ぶ「モーセの信仰」 

A. なぜ40歳のモーセの行動はうまく行かなかったのか?


1)
自分の正義感に頼った (17-24)

神がアブラハムになさった約束の実現する時が近づくにつれ、民は増え、エジプト中に広がりました。それは、ヨセフのことを知らない別の王が、エジプトの支配者となるまでのことでした。この王は、わたしたちの同胞を欺き、先祖を虐待して乳飲み子を捨てさせ、生かしておかないようにしました。このときに、モーセが生まれたのです。神の目に適った美しい子で、三か月の間、父の家で育てられ、その後、捨てられたのをファラオの王女が拾い上げ、自分の子として育てたのです。そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。四十歳になったとき、モーセは兄弟であるイスラエルの子らを助けようと思い立ちました。それで、彼らの一人が虐待されているのを見て助け、相手のエジプト人を打ち殺し、ひどい目に遭っていた人のあだを討ったのです。(17-24)


ヨセフとその一族は、彼の貢献により、外国人であっても尊敬されていましたが(B.C.17C?)、モーセの時代(B.C.13C) には、王朝も変わり、ヨセフの貢献は忘れられ、かえって、国の中で増え続ける厄介な民族として、奴隷の状態に置かれていました。父祖アブラハムに神様がしてくださった約束はどうなってしまったのだろうか?このことを問い続けていた人もいたかもしれませんが、ほとんどの人々は苦しい奴隷としての日々の生活を生きることで精一杯で、先週お話したヨセフのように希望を持ちながら耐えていたわけではなかったのです。しかし神様の計画は止まってはいませんでした。ユダヤ人がこれ以上増えて反抗することを恐れたエジプトの王は、ユダヤ人の助産婦に生まれた子供が男なら殺すように命じたのです。モーセはそのような状況下で生まれましたが、神様の不思議な計画によって王女の子とされ、しかも実の母を乳母として大きくなるまで育てられた上で、後には王子としての最高レベルの教育を受けて大人となりました。彼は自分がユダヤ人であるということを母親の養育によって自覚したいたので、40歳になった時に考えを行動に移したのです。内から出てくる正義感が抑えられなくなったようにユダヤ人に対するエジプト人の虐待を見て、殺してしまうという軽率で単純な行動でした。虐待されている同胞を助けようという気持ちは悪いものではありません。しかし、次の部分に書かれているのですが、この行動は何の良いことも生み出さず、かえってエジプト人からの憎しみばかりか、同胞からの不信さえも身に受けることになります。動機はどうであれ、憎しみは憎しみしか生まないことを私たちは知っています。私たちは皆、例外なく不完全で、よい動機であっても誤った行動につながってしまうことが多いのです。彼の正義は、エジプト人にはもちろん、同胞にとっても正義ではなかったのです。私たちは、この時のモーセのように、独善的な正義を振り回す人にならないように気をつけたいと思います。国家も同じです。皆さんは、最近、いくつかの隣国がとても独善的だと感じているかもしれません。確かにそのとおりでしょう。けれども、かつてこの国は独善的な正義を振り回して失敗した経験を持っています。日本だけではありません。どの国でも、神様の前では罪人によって構成されているのですから、多かれ少なかれ独善を振り回す失敗をしているのです。問題はそこから正しく学べるかどうかです。それなのに、この国では、仕返しをしやすくするために、それどころか先制攻撃ができるように憲法を変えてしまおう、と言い出す政治家が多く生まれています。そのようなことになれば、この国はまたもや、40歳のモーセの失敗を繰り返すことになります。勘違いをしないで下さい。私は政治の話をしているのではありません。「神の義」について話しているのです。私は「北朝鮮が正しい」と言っているのではありません。ちっとも正しくはありません。しかし同時に「日本の義」も「中国の義」も「アメリカの義」も「韓国の義」も信用ならないものだと言いたいのです。それはどれも「神の義」とは相容れないからです。神様はすべての人を造られ、愛されています。そしてまた全ての人は罪の性質を持っています。だから、「私たち〇〇人は、☓☓人より優れている」とか「△ △人は特に罪深い(嘘つき、野蛮)だ」などと考えることは、神様の愛する子どもたちを認めないということです。それでは独善的な「人の義」ではなく「神の義」を求めるにはどうしたら良いのでしょうか?少し先を読んでみましょう。


2) 神様に聞こうとしなかった (25-29)

モーセは、自分の手を通して神が兄弟たちを救おうとしておられることを、彼らが理解してくれると思いました。しかし、理解してくれませんでした。次の日、モーセはイスラエル人が互いに争っているところに来合わせたので、仲直りをさせようとして言いました。『君たち、兄弟どうしではないか。なぜ、傷つけ合うのだ。』すると、仲間を痛めつけていた男は、モーセを突き飛ばして言いました。『だれが、お前を我々の指導者や裁判官にしたのか。きのうエジプト人を殺したように、わたしを殺そうとするのか。』モーセはこの言葉を聞いて、逃げ出し、そして、ミディアン地方に身を寄せている間に、二人の男の子をもうけました。(25-29)


自分の置かれた不思議なポジションが、神様の計画であると、モーセは深くは考えずに愚かな行動をしてしまいました。神様に聞こうとしなかったのです。その次の日モーセは、いわゆる、上から目線で偉そうに民の争いを裁こうとして、逆に昨日のエジプト人殺しを見ていたぞと脅されて、国外逃亡をしなければならなくなってしまうのです。私達が目指すのは、神の国、神の義であって、自分の領土の拡大、自分の義ではありません。そこで、行動にあたっては、それを今することが本当に神様の意志に適っていることなのかをよく吟味する必要があるのです。そのために私たちは、礼拝すること、祈ること、同じようにイエス様に従う親しい友を持つこと、聖書を読むことを勧められています。またモーセのように、失敗したために不遇な状態に置かれても、そこから神様は新しい道を開いていただけることを知っているべきです。モーセは国外に逃げざるを得なくなりましたが、神様は逃亡先で妻を用意し、家族が与えられました。40年の歳月をかけて神様はモーセを本物の義人にしました。神様の声を聞きながら、自分の義ではなく神の義を行う人となったのです。


B. なぜ80歳のモーセは民を導き出すことができたのか?

1) 神様がモーセを任命した
(30-35)

四十年たったとき、シナイ山に近い荒れ野において、柴の燃える炎の中で、天使がモーセの前に現れました。モーセは、この光景を見て驚きました。もっとよく見ようとして近づくと、主の声が聞こえました。『わたしは、あなたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である』と。モーセは恐れおののいて、それ以上見ようとはしませんでした。そのとき、主はこう仰せになりました。『履物を脱げ。あなたの立っている所は聖なる土地である。わたしは、エジプトにいるわたしの民の不幸を確かに見届け、また、その嘆きを聞いたので、彼らを救うために降って来た。さあ、今あなたをエジプトに遣わそう。』人々が、『だれが、お前を指導者や裁判官にしたのか』と言って拒んだこのモーセを、神は柴の中に現れた天使の手を通して、指導者また解放者としてお遣わしになったのです。(30-35)

今度は、自分の正義感からではありませんでした。もはや自分が何かをしなければという気負いはなく、静かに暮らしていた彼に、神様の方から声を掛けられたのです。本当に神様からの指示なら、本人の年齢や能力は関係ありません。必要な助け手や能力を与えられて使命を全うすることが出来るのです。まったく情けないニュースが先週、報道されました。牧師が情けない罪を犯して逮捕されたというのです。これまでにも、教師や警察官、弁護士、裁判官などが同様の事件で逮捕されて、なんという社会なのだろうと思っていたのですが、今回のことは、さらに涙が出そうなほどやりきれない思いがしました。同じグループの人々はもっと心を痛めていることでしょう。モーセのように、神様の働きをするように呼びかけられることを「召命」と言います。牧師になる資格とは、ただこの「召命」にかかっています。これがあるから、難しい学びや、貧しさや、迫害や、誘惑に負けずに歩み続けることが出来るのです。事を起こせば、失われるのは自分の尊厳だけではありません。その人を尊敬し、従ってきた人々、その地域の諸教会、キリストの体としての一つの教会、イエス様への信用にまで及ぶという重たい責任を神父、牧師は負っています。困ったことは、本当に「召命」を受けてはいないのに、牧師になってしまうことが可能だということです。人には見分けがつきにくいという事です。私自身は、お金もなく、能力のない勉強嫌いなのに、優秀な人々に混じって学び通すことができたことや、モーセに負けないくらい多くの誠実な助け手が与えられていることや、神様が取り次ぐ言葉を毎週与えてくださることを知っているので「召命」を疑ったことはありませんでした。神学校の入学試験の面接でこの「召命」について厳しく問われたことを覚えています。能力や性格はなんとでもなるのです。けれどもこの「召命」なしに牧師になることはできません。それは神様に任命されていないということだからです。


2) 徹底的に神様だけに仕えることを実践し、人々にも厳しく教えた。 (36-45)

この人がエジプトの地でも紅海でも、また四十年の間、荒れ野でも、不思議な業としるしを行って人々を導き出しました。このモーセがまた、イスラエルの子らにこう言いました。『神は、あなたがたの兄弟の中から、わたしのような預言者をあなたがたのために立てられる。』この人が荒れ野の集会において、シナイ山で彼に語りかけた天使とわたしたちの先祖との間に立って、命の言葉を受け、わたしたちに伝えてくれたのです。けれども、先祖たちはこの人に従おうとせず、彼を退け、エジプトをなつかしく思い、アロンに言いました。『わたしたちの先に立って導いてくれる神々を造ってください。エジプトの地から導き出してくれたあのモーセの身の上に、何が起こったのか分からないからです。』彼らが若い雄牛の像を造ったのはそのころで、この偶像にいけにえを献げ、自分たちの手で造ったものをまつって楽しんでいました。そこで神は顔を背け、彼らが天の星を拝むままにしておかれました。それは預言者の書にこう書いてあるとおりです。『イスラエルの家よ、お前たちは荒れ野にいた四十年の間、わたしにいけにえと供え物を献げたことがあったか。お前たちは拝むために造った偶像、モレクの御輿やお前たちの神ライファンの星を担ぎ回ったのだ。だから、わたしはお前たちをバビロンのかなたへ移住させる。』 わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました。これは、見たままの形に造るようにとモーセに言われた方のお命じになったとおりのものでした。この幕屋は、それを受け継いだ先祖たちが、ヨシュアに導かれ、目の前から神が追い払ってくださった異邦人の土地を占領するとき、運び込んだもので、ダビデの時代までそこにありました。(36-45)

神様に任命されたからといって、なんと苦労の多い人生でしょうか?民をエジプトから脱出させるのにも相当苦労しました。紅海を渡り約束の地に入るのに40年間がかかり、モーセ本人は直前に死んで入ることができませんでした。旅の間、民は少しでも不便なことがあると、エジプトで奴隷だった時のほうがましだったとモーセに文句を言い続けます。神様に導かれている民であってもこのように背を向け続けるなら、神様の導きを自覚していない民が、より悪い態度を取ることは不思議ではありません。私達はこの社会にあってティーム・モーセの一員です。労苦が多いのは当然です。そしてモーセと同じように、やり遂げたという思いなしに天に帰る可能性のほうが大きいのです。
モーセは40歳の時の失敗を繰り返しませんでした。周りがどうであれ神様だけに仕えました。諦めずに、民を見捨てずに導き続け、ミッション完成の直前にヨシュアに仕上げを委ねました。時には彼は怒りをあらわにして民を叱責しました。悪い芽を取り除くことを躊躇しませんでした。それは、人として生きたイエス様の歩みの予告編であり、これを語っているステファノの態度であり、私たちがこの世界で取るべきスタンスです。イエス様は「あなた方は地の塩であり、世の光です」(マタイ5:13-16)とおっしゃいました。ありがたいことに私たちはモーセのように孤高のリーダーではありません。その体=教会の部分として、イエス様と彼に従うすべての人々とともにリードしています。ティーム・モーセは今ティーム・ジーザスとして、人々の魂の囚われていた状態から解き放し、解き放たれた人々を日々加えながら、共に約束の地、神の国を目指して力強く前進しています。あなたもイエス・キリストあなたの神、主と受け入れて、イエス様に従って生きる者、弟子となって一緒に歩み出しましょう。



メッセージのポイント
民を救い出したいというモーセの気持ちは正しかったのですが、自らの考えや力に頼って行動したので一度は失敗してしまいました。しかし、神様からの呼びかけによって再び立ち上がった時には神様を信頼し聞き従って、任務を果たすことができました。ステファノはこのモーセについてのメッセージを通して、彼を逮捕したイスラエルの人々に、アブラハムの子孫、モーセの教えの実践者と自認しているけれど、目に見える律法や神殿を守るためにイエス様を殺してしまったのは、実は彼らが、神様に敵対する、金の子牛を拝んでいた偶像礼拝者の魂を受け継いでいたからだという、鋭い指摘をしました。それは、彼らのうちにさらに大きな怒りを呼び起こしました。


話し合いのために
1) なぜモーセは最初の試みでは人々の心をつかめなかったのでしょうか?
2) なぜステファノはこの話に触れたのでしょう?