トラウマティック・ボンディング(加害者から離れられなくなる理由)

★このページの情報は、NPO法人レジリエンス作成オリジナル資料の一部を改変して掲載しています。文責はユアチャーチ池田にあります。文中の「☆さん」とはDVや虐待の被害者のことを指しますが、自分自身で輝く力を持っている人という意味で、敬意を込めてそう読んでいます。「Bさん」は加害者のことで、暴力を振るう人という意味の英語のバタラーの頭文字を取っています。


「ボンディング」の「ボンド」は接着剤のボンドと同じです。

トラウマティック・ボンディングとは、

暴力を繰り返し経験することによって、

暴力をふるう相手から離れられなくなる特殊な心理状態のことです。

☆さんが加害者と別れたくないと思う理由は多くありますが、

この特殊な心理状態になっていることが原因の可能性もあります。

暴力と優しさ(本当の優しさではありませんが)が

交互に繰り返されるような状況に置かれれば、

誰にでも起こりうる心理状態です。


トラウマティック・ボンディング

健全な人間関係とは、互いに互いを尊重し合える関係です。相手の成功を一緒に喜んだり、相手の悲しみを一緒に悲しんだり、困ったときには助け合うなどのことが、一方に偏ることなく、双方で担うことができる関係です。

健全な恋愛関係とは、互いに互いを尊重し合える健全な関係を土台にして、互いに恋愛感情を持つ関係です。付き合ったり、結婚したり、セックスしたりする関係です。

また、親と子や先生と生徒、上司と部下などの関係においても、あくまで互いに互いを尊重しあえる健全な関係を土台にしていれば、互いに信頼し、親密な関係を築くことができます。

でも、このような親密な関係の中で一方が暴力をふるうと、その時点で「尊重」は消えます。相手に対する尊重と暴力は両立不可能です。相手を尊重していれば暴力をふるうことはありません。

そうすると、対等に尊重し合う関係は消え、「恋愛」(または「親密さ」)と「暴力」という相反する関係だけが残ります。同じ人物から正反対のメッセージがほぼ同時期に入ることは、心理的に大きな混乱をもたらします。


「ストックホルム症候群」

緊張を与えた後に優しくするという行為が繰り返されることは、戦場で捕虜に対して拷問と解放を繰り返すことで洗脳していく行為と同じです。緊張と優しさが交互にやってくると、人間はそこから離れられなくなります。「この関係の中でなんとかうまくやっていかなくてはならない」「この関係から逃げられない」と感じるようになります。とても特殊な心理状態です。

これは「ストックホルム症候群」と呼ばれる心理状態にも似ています。銀行強盗と人質の間に不思議な連帯感が生まれ、事件後に結婚したという、ストックホルムで実際にあった事件からそう呼ばれています。


加害者の優しさの希少価値が高くなる

DVや虐待などトラウマが発生する環境にいると、ほっとできる時が少なくなるので、「ほっとできる時」の希少価値が高くなります。「ほっとしたい」「癒されたい」気持ちが強くなるとも言えます。そして、少しでもほっとできる時があると、ものすごく幸せだと感じてしまいます。

でも、DVや虐待のある関係では、加害者以外との関係が断たれて、☆さんが孤立している場合も多いため、☆さんが「ほっとできる時」は、加害者が下手(したて)に出て優しさを見せる時だけかもしれません。

そうすると、☆さんは、加害者の優しさがとても貴重で、自分にとって必要なものだと感じるようになります。そして、「Bさん(加害者)とは離れられない」「Bさん(加害者)は自分にとってとても大事な存在だ」と感じるようになります。

この感覚は相手に愛情を感じている状態ととても似ているので、「自分は相手のことを愛しているから別れたくない」と感じてしまうこともあります。


加害者が自分の不安を消してくれる人になる

暴力を炎にたとえるとしたら、加害者は放火魔であると同時に消防士でもあると言えます。暴力は☆さんに強烈なザワザワ感を与えますが、加害者の優しさはそのザワザワ感を消してくれるからです。

このザワザワ感は、加害者から離れてもなかなか消えません。加害者から離れてからも、不安になると加害者を頼りたくなり、加害者の元に戻りたくなります。


恐怖心が大きすぎて離れられないこともある

何度も暴力をふるう加害者は、☆さんが生きていく上で必要なものを一瞬で握りつぶしてしまうイメージかもしれません。その人の顔色を伺うようになるのは当然のことで、周りの人が何を言っても、☆さんは「私はつぶされてしまう」という恐怖を持っていて、他人には分からないと思ってしまいます。

 


このように、☆さんに「離れたい」「離れたくない」という正反対の気持ちが起こるのはおかしいことではありません。一旦は加害者と別れても、戻ることを繰り返したり、実際には戻らなくても気持ちの上で何度も「戻りたい」と思うことも、☆さんにはよくあります。

この状態を周囲の人は不思議に感じますし、☆さん自身も説明するのは難しいと感じて、混乱してしまう原因になります。でも、暴力のある関係に置かれれば、誰でもこのような複雑な心理になる可能性があります。☆さんが特別に弱いからでも、おかしいからでもありません。