永原アンディ
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イエスの中の四つのプレゼント(ヨハネ1:1-5, 9-14, 16-18)
先週までの三回の日曜日に、私たちは旧約聖書から、救い主誕生の預言を読んで、その恵みが一人一人のうちに実現することを願いながら過ごしてきました。今日は預言ではなく、その預言がイエスの誕生として実現したことを記した新約聖書/福音書を読みます。旧約聖書は世界の誕生から始まりますが、新約聖書はイエスの誕生から始まります。新約聖書の中の最初の4書、福音書の中でマルコによる福音書以外の三つの福音書がクリスマスの出来事を記録しています。今日取り上げるヨハネは、マタイやルカのようにクリスマスストーリーではなく、その意味を伝えたいと思ったようです。
マタイ、ルカに比べると抽象的なので親しみが持てないと感じる人も多いようです。でも、よく読んでみると、イエスがどのような方かとてもシンプルに描かれています。クリスマスは、神様が一人の人イエスとして、私たちのために、私たちの世界に来てくださった日です。神様が世界で最初のクリスマスプレゼントとして、ご自身を贈っててくださったのです。このヨハネのメッセージはマタイ、ルカのクリスマス物語だけではわからない、イエス=神様からあなたへのクリスマスプレゼントの意味を私たちに教えてくれます。その意味は「言」「光」「恵み」「真理」という四つの言葉で表現されています。
1. ことば (1-3, 10-13)
初めに取り上げるのは「言葉としてのイエス」です。1-3、10-13節を読みます
1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
2 この言は、初めに神と共にあった。
3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
10 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。
11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。
12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。
13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
1-3節は聖書の一番最初の創世記1章の最もシンプルな説明です。創世記には、神様が一言づつ言葉を発せられて世界を作られたことが書かれています。第一声は「光あれ」 そして最後に人をつくるときには「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」でした。神様は空の彼方から世界を眺めて、気まぐれに人間の運命を弄ぶような方ではなく、私たちに寄り添って歩まれる方です。世界は、本当はこの「言」に支えられて成り立っているのです。「光あれ」と語りかけてくださった方は、今も私たちの心に語りかけてくださいます。聞こえない神様の言葉をどう聞くのか?その答えが人となられたイエスです。神様はイエスとして、私たちにわかる姿で行動され、私たちにわかる言葉で語られました。イエスが「言」だということは、イエスがコミュニケーションの相手だということです。
ところが当時の社会は、イエスを、創造主が人としてこられた方とは認めることができませんでした。ごく少数の弟子達以外はイエスを認められず、十字架にかけてしまいます。私たちはその時から2000年たった今、弟子達が伝え続けたイエスを知っています。99%の人が彼の本当の姿を知らないこの国の中で、イエスに出会い、従って歩むことのできる幸せを感謝しましょう。イエスと親しく語り合いながら人生を歩めることは、イエスに従う者の特権です。 礼拝する時、聖書を読む時、祈る時、イエスはあなたに語りかけてくださり、あなたの言うことに耳を傾けてくださいます。
2. 光 (4, 5, 9)
4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。
イエスの中に光がある。それは全ての人の、命の光、まことの光、暗闇の中に輝く光です。イエスはあなたの希望の光となります。しかし、なぜ人はまことの光を理解できないのでしょうか?フェイク・ライトが多すぎるからです。
渋谷でも銀座でも、この時期は特に光り輝いていますが、つられてフラフラと入ってゆけば、ろくなことはないという光がほとんどです。その光は、あなたの魂を解き放つのか、それとも不自由にするのか?幸福に導くのか、破滅に誘い込むのか?多くの人がこのことについてあまりにも無防備で、その結果、悲しみや苦しみを背負いこんでしまいます。そんな中で、光としてのイエスは神様が私たちにくださった貴重なプレゼントなのです。あなたが目をそむけない限り、フェイク・ライトに目を奪われない限り、輝き続け、導き続けてくれる希望の光です。他に何一つ希望が持てないような中でも、イエスはあなたの希望であり続けてくださいます。た。
3. 恵み (14, 16, 17, 18)
14, 16, 17, 18節を読みます。
14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
16 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。
17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。
18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。
「神様の恵みがありますように」「あの人は恵まれている」という言い方がよくされていますが、恵みとは何か?と深く考えてみたことがあるでしょうか? 「恵み」とは 相手の条件とか資格に関係無く、一方的に与えられる、変わらない、神様の愛の表れです。この愛で神様は世界を作られ、罪に陥った世界、人間に対しても、表されるものです。イエスが恵みだということは、私たちが、語りかけられている「言」と、見分けることのできた「光」を理解して、ついてゆくことのできるように与えられるプレゼントです。私たちが、言葉や、光を見失いそうな時に、具体的な形で助けを与えてくださる、その一つ一つが神様の恵みの表れです。しかしその根本は、世界で最初のクリスマスに神様がご自身を、イエスとして私たちにくださったことなのです。
4. 真理 (14, 17, 18)
14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。
18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。
ヨハネもイエスも哲学者ではありませんから、聖書の伝える真理は哲学的な真理
論よりも素朴で、しかし本質的です。それは「時代や地域、状況が変わっても変わることのない頼るべき確かな事」という意味です。ヨハネは「真理」がイエスを伝えるのに不可欠で重要な言葉と考えて多く用いています。ちなみに他の福音書には、それぞれ一回しか出てきません。ヨハネの福音書のイエスの言葉を二つ紹介します。
イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」(8:31, 32)
わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。(14:6)
「絶対に確かな人生を歩みたいなら、私と歩きなさい」 イエスはいうのです。こんなひどい言葉は聞いたことがないと、当時のほとんどの人が思ったのです。こんな人が少数の人にでも、悪い影響を与えるなら、十字架にかけるしかないという結論に達し、その通りになったのです。それをヨハネは、
言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。(10, 11))
と書いたのです。しかしイエスは処刑されても忘れ去られることはありませんでした。三日目によみがえられて、2000年経った今でも、その名を信じる者が起こされ続けています。今年ユアチャーチでは4人の人が神様からのプレゼントを受けとる決心をして、イエスに従って歩む新しい人生をスタートさせました。四つのプレゼントは、求める者に気前よく与えられています。それらはヨットで大きな海を渡るような人生に欠かせないものです。いつでもたえず語りかけられる言葉によって困難や孤独に耐えることができます。風である恵みを受けて進めます。導きの光で希望を持ち続けることができます。コンパスとなる真理で道を誤ることがありません。
メッセージのポイント
イエスは語りかけてくださる神、導きの光、日々の恵み、生きることの根拠。神様はご自身をこのイエスとして私たちに与えてくださいました。イエスは人類に与えられた最初で最高のクリスマスプレゼントです。神様から差し出されたこのプレゼントを受け取って、後悔のない人生を歩みましょう。
話し合いのために
1) 言葉が神とはどういうことなのでしょう?
2) 真理とは何ですか?
子供たちのために
子供達にとっては、ルカやマタイに比べて抽象的でわかりにくいクリスマスの記事ですが、言、光、恵み、真理をわかりやすい言葉に置き換えて教えてください。例えば「祈りの中で語り合うことのできる、行く道を照らしてくれる、人生を良いことで満たしてくれる、生きている意味や根拠を与えてくれる」という感じで。実はイエスが世界で最初のクリスマスプレゼントなのだということを伝えてください。