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俺たちは天使(じゃない)
詩編82編
永原アンディ
この詩は伝統的に、ヨブ記の冒頭と同じような、神様が天使たちを集めて行った天上の会議の様子と考えられてきました。神様がお一人で、この世界の全てを作られたという聖書の出発点から言って、「神々」という表現を素直に読むことはできないからです。 しかし実際のところは、聖書を原語でスラスラ読める聖書学者達の間でさえ様々な意見があるのです。
実際、聖書というのはそのようなものなのです。 記者は、時代とか文化とかの制約、コンテキストの中で、聖霊の導きに従って書きました。 わからないことや、他の箇所との矛盾、自然科学との矛盾があっても、「神様の言葉」である価値は決して損なわれることはありません。神様が、聖書を通して、私たちに何をお告げになりたいのか、ということを聞くためには、何の妨げにもなりません。
むしろ「聖書はこう言っている」と、英語や日本語に訳された聖書の言葉のある部分を取り上げて、自分の価値観とは異なる人々を裁く道具にするなら、それは聖書を神格化して見せて、実は都合よく利用しているということになってしまいます。
仮にもし、このことが天使に向けて書かれていたのだとして(本当にそうかもしれません。誰も断言はできなません。)、ではなぜこれが聖書に記されているのでしょう?それは私たちが読んで神様の意思を知るためなのです。 しかしそれだけではありません。この詩をじっくり読むと、イエスを知っている私たちは、この世界に対して天使的役割を与えられているのだということがわかるはずです。それではまず全体を読んでみましょう
1 【賛歌。アサフの詩。】神は神の集いの中に立ち 神々の間で裁きを下される。
2 「あなたがたはいつまで不正に裁き 悪しき者におもねるのか。〔セラ
3 弱い人やみなしごのために裁き 苦しむ人や乏しい人を義とせよ。
4 弱い人や貧しい人を救い 悪しき者の手から助け出せ。」
5 彼らは知らず、悟らず 闇の中をさまよう。 地の基はことごとく揺らいでいる。
6 私は言った「あなたがたは神々 あなたがたは皆、いと高き方の子。
7 しかし、あなたがたは人間のように死に 高官の一人のように倒れる。
8 神よ、立ち上がり、地を裁いてください。あなたはすべての国民をご自分のものとされます。
A. 神様はこの世界に満足していない
1) 神様の求める世界のあり方 (1,2)
【賛歌。アサフの詩。】神は神の集いの中に立ち 神々の間で裁きを下される。「あなたがたはいつまで不正に裁き 悪しき者におもねるのか。〔セラ
神様が“神々”と呼ばれる者たちに向かって、憤っておられます。それは今の社会の中で起こっていることです。創世記の1章によれば、神様は私たちを世界の良き管理者として創造されました。しかし今のところ、私たちは良き管理者にはなり切れていません。神様を知らない人々にはこの責任を理解することはできません、だから神様を信じる皆さんの責任は重いのです。神様を信じる者が、不正な裁きをし、悪い者におもねるなら、ここで“神々”と呼ばれる者たちに対してなされている叱責は私たちにも向けられているということです。では神様は私たちに何を求めておられるのでしょうか?3、4節を読みましょう。
2) 神様がその子らに求めていること (3,4)
弱い人やみなしごのために裁き 苦しむ人や乏しい人を義とせよ。弱い人や貧しい人を救い 悪しき者の手から助け出せ。」
何の弁解の余地もないストレートな命令です。 教会は「救い」の概念も「罪」の概念も狭く考えすぎてきました。あるグループは、個人の「罪」の性質からの、個人の魂の「救い」に集中しすぎて、社会正義が政治の問題として避けてきました。一方では、社会問題を中心に据え、個人の魂の問題によく応えてはこなかったのです。 しかし、本来聖書の伝える罪、救いの概念はもっと広いものです。その中に、個人の魂のことも、社会正義のことも含まれる概念です。それもバラバラにではなく、個人と社会は深く関連し切り離しては考えられないことなのです。社会問題を解決しても魂の問題は残ったままですが、魂の解放もまた社会問題を無視したままで得ることはできません。 ここに書かれていることは、私たちの使命が、社会にも個人にもイエスを紹介し続けることだということです。社会に正義を求め声を上げるとともに、出会う一人一人の魂にイエスを紹介し続ける、それが私たちに期待されている使命です。
B. まだ来ていない、でも必ず来る
1) それは誰? (5-7)
5 彼らは知らず、悟らず 闇の中をさまよう。 地の基はことごとく揺らいでいる6 私は言った「あなたがたは神々 あなたがたは皆、いと高き方の子。7 しかし、あなたがたは人間のように死に 高官の一人のように倒れる。
私たちが、神様に直接呼びかけられているわけではありませんが、「彼ら」の特長は、まるで私たちのようではありませんか?クリスチャンと呼ばれる存在である私たちです。私たちも、いと高き方によって見出され子とされた存在です。永遠の命を与えられている魂ですが、その体は地上で朽ちるのです。クリスチャンと呼ばれる人の中にも、知らず、悟らず 闇の中をさまよっているような人はいくらでもいるのです。 クリスチャンは神様の使いとしてこの世に置かれているのですから、そのような意味からはまさに天使なのです。 しかし伝説的な超自然的な力を発揮する、羽を持っていて空を飛べる存在ではありません。外見上も体の構造も人のままです。だから弱さがあり、限界があり、体が朽ちる日が来るのです。それでも皆さんは、神様の使いとして地上に置かれているのです。
2) 神の子らが出来ること (8)
8 神よ、立ち上がり、地を裁いてください。あなたはすべての国民をご自分のものとされます。
結局、私たちにできる事は、神様が立ち上がり、正しい裁きを行い、すべての人をご自身のものとしてくださるように神様に祈り求めることです。ただし、神様はご自身の働きを、ご自身ではなさいません。3、4節にあるように、その子たち、つまり私たちにさせようとしているのです。そこで、私たちは、神様が私たちの祈りに応えて与えてくださる、知恵と力と勇気を用いて、神様のお名前によって、もっと良い世界を作るのです。
メッセージのポイント
コロナ禍はそれ自体の恐ろしさに加えて、差別の問題、貧困の問題、指導者の資質の問題を私たちに見せつけました。神様の義を求めることが、私たちに神様が期待されていることであることをこの詩は教えてくれます。私たちには限界がありますが、神様の力が私たちを通して行使されることを期待し、祈り求め、神様の働きを担いましょう。
話し合いのために
- ここで神々と呼ばれているのは誰ですか?
- 神様はあなたに何を求めておられますか?
子供たちのために
正義とは何でしょう? どうしたら、いつでもお腹を空かせているような子供をなくすことができるでしょうか?神様はそのような状態を放って置かれるつもりなのでしょうか?そうではありません。神様は信じる人々を神様の使いとして用いて、この世界をもっとよくしたいと考えておられます。 皆さんはどんな仕事をする大人になって、人々を幸せにするという神様の仕事のお手伝いをしたいですか?