ザアカイ

Niels Larsen Stevns (Randers Museum of Art, Public domain)
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日曜礼拝・英語通訳付

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ザアカイ(聞くこと、伝えること 第二部)

(ルカによる福音書 19:1-10)

永原アンディ

 受難週そしてイースターが近づいてきました。十字架と復活は私たちの信仰の核心です。この時期は自分とイエスとの関わりを考えるのに最も相応しい時です。ぜひ、普段に増してイエスに向き合う時を多く持って、信仰をリフレッシュしてください。
 というわけで、今日から始まる1週間は受難週直前の週です。そこで今日は、ルカによる福音書に記されている受難週直前の出来事の一つを紹介しようと思います。実はこの出来事は先週お話ししたことの実例として最適なものだと思いますので、先週の続きとして聞いていただきたいのです。
 先週のお話の内容を覚えていらっしゃいますか。言葉を聞くこと、聞いた言葉を伝えることについてお話ししました。そして、本来の言葉とは神様ご自身であり、神様から発せられた言葉であり、イエス・キリストとしてわたしたちに伝えられ、私たちの内に留まるものであることを確認しました。
 今日は、イエスの言葉を聞き、その呼びかけに応えて決心の言葉を発した一人の人に注目したいと思います。そして私たちも自分に語りかけられているイエスの言葉を思い起こし、自分自身がそれに応えて人々に伝えたい言葉を知りましょう。

1 イエスはエリコに入り、町を通っておられた。2 そこに、ザアカイと言う人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。4 それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。5 イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、あなたの家に泊まることにしている。」6 ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。7 これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」8 しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。「主よ、私は財産の半分を貧しい人々に施します。また、誰からでも、だまし取った物は、それを四倍にして返します。」9 イエスは彼に言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。10 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」 

1. イエスに語りかけられるまで

 「ザアカイ」 それが今日の主人公の名前です。彼について聖書に記されているのはこの部分だけです。同名の人物も新約聖書には出てきませんが、イスラエルでは一般的な名前でした。正しい、きよいといった意味の原語を持つ名前です。しかし彼は、その名前に相応しい評判を得ている人ではありませんでした。 

 彼は「徴税人の頭で、金持ち」でした。徴税人とは当時ユダヤを支配していたローマ帝国に納める税を、自分の懐に入る分を上乗せしてユダヤ人から取り立てる人のことです。今日のテキストからは、その額もしばしば水増しされて請求されていたことが伺えます。徴税人は恐れられ、軽蔑され、罪人の烙印を押されている人々です。そしてザアカイはその頭で、民衆から巻き上げたお金で金持ちであったのです。 宗教家や熱心な信仰を持つ人々はもちろん、民衆からもひどく軽蔑されていたのです。

 彼は、最近世を騒がせているイエスの評判を聞いていました。そして、イエスが自分の住む町を通ると聞いて、それがどんな人か見てみたいと思ったのです。しかし沿道は、彼同様イエスを見たい人であふれ、背の低いザアカイにはイエスを見ることは叶いそうになかったようです。しかし彼の心に素晴らしいアイディアが浮かびました。イエスが向かう方向の先にいちじく桑の木があったことを思い出し、その木に登ってイエスを見ることにしたのです。

2. イエスの呼びかけ

 ザアカイの視線の下を通り過ぎようとしていたイエスが突然立ち止まり、木の上のザアカイに語りかけます。

「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、あなたの家に泊まることにしている。」

 もしイエスがそのまま通り過ぎれば、イエスという旬の有名人を見たという自慢話が夕食の時にできただけのことだったのです。しかしイエスの呼びかけは彼の人生最大の転機となりました。

 なぜ、ザアカイは初対面のイエスの言葉を喜んで受け取ったのでしょうか。彼は確かに裕福でしたが、幸せではなかったようです。お金は持っていても尊敬されることもなく、軽蔑され、罪深い者とされていたからです。

 木に登らなければ、道ゆくイエスの一行を見ることができないほど体格に恵まれなかったことも、彼の心に影を落としていたかもしれません。ザアカイは自覚していなかったかもしれませんが、彼の魂は自分が変化すること切望していたのだと思います。それが、普段から受けていたであろう人々の嘲笑も気にせず、その体格を活かして子供のように走って行って木に登りイエスを見るという行動に現れたのではないでしょうか。

 イエスは、ザアカイの満たされない心を瞬時に見抜くことができる方です。 そして、それを満たす言葉をかけました。「今日は、あなたの家に泊まることにしている。」

 ザアカイには、これほど親しみを込めた言葉をかけてくれる人は家族以外にはいなかったでしょう。ザアカイはこのイエスの言葉で、イエスが彼のことを「あなたの家に泊る」と言えるほどに心許せる親しい友と認めてくれていることを知ったのです。ザアカイの心に生涯で最も大きな喜びがあふれました。

 イエスを神・主と信じている人は、皆ザアカイと同様にイエスの呼びかける声を聞き従うものとなったのです。 「これからあなたの心の中に住むことにする」 そのようなイエスの言葉を受け取って皆さんはイエスと共に歩んでいるのです。

 ところで、周りにいた人々の反応はどうだったのでしょうか。そこにいた人のほとんど全てが「イエスは”罪人”の家に泊まる」とつぶやいたと記録されています。本当にひどい態度だと思いますが、今でも同じことは起きています。たとえば、イエスの呼びかけに応えて喜んで従おうとしているLGBTQの人々を、クリスチャンを自称する人々が”罪人”と決めつけて教会から排除しようとしていることがそうです。

 クリスチャン、キリスト教会を名乗ることは誰にでもできますが、私は彼らが「イエスを知らないクリスチャン」「イエスのいないキリスト教会」だと思います。 どのような理由であれ、あなたは〇〇であるからイエスには相応しくないと言われても気にすることはありません。イエスは、むしろ人に自分の基準を押し付け、イエスを差し置いて人を差別するような人々から、非難され差別されている人の側におられます。イエスは何の条件もつけずに、イエスに興味を持ち、期待を寄せる人を訪れ、一緒の歩もうと語りかけてくださいます。

3. ザアカイの宣言

 さて舞台はイエスを招き入れたザアカイの家に移ります。ザアカイは招いたイエスと弟子たちと楽しい食事をしたあとで、思い切って立ち上がり、自分の生き方を変える宣言をせずにはいられなかったのです。

「主よ、私は財産の半分を貧しい人々に施します。また、誰からでも、だまし取った物は、それを四倍にして返します。」

 この言葉はザアカイの内面の劇的変化を表しています。彼はイエスを知らなかったので、財産に頼るしかなかったのです。人から尊敬される存在ではなかったので、騙し取ることで見返すしかなかったのです。そのような生き方によってしか信頼に基づく人間関係を築くことができなかったのです。

 しかしザアカイはイエスの呼びかけによって、自信が虚しいものを頼りに生きていたことに気付き、それを捨てても、イエスが自分の心を満たしてくれることを知ったのです。

 さて、ザアカイほどお金持ちでもなく、人からお金を騙し取るほどの悪党ではない私たちはどのような言葉でイエスに応えることができるでしょうか。 イエスが私たちに画一的な答を求めていないことは、福音書に登場する様々なイエスとの出会いで、人々がどのような受け答えをしてイエスを喜ばせているかを確かめてみるとよくわかります。ただその本質は同じです。それは、自分の思いではなく、自分を住まいとしていてくださるイエスの思いを行いたいという宣言です。このザアカイの応答に対するイエスの言葉が最後に記されています。

「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

 ザアカイが、イエスの言葉を聞き、それに応えて自身の生き方を変えると宣言したとき、イエスは彼の家に救いが訪れたと宣言しました。イエスはこの救いについて、行方不明だった人がイエスによって見出されたという表現をしています。行方不明になった人は自分で自分を発見することも、救助することもできません。救助者が必要です。

 イエスが来られたのはユダヤ人だけのためではありません。神様の創造されたすべての人を救うためです。イエスはザアカイに呼びかけてくださったように、私たちにも呼びかけられます。

 この呼びかけに応えて生きるということが、クリスチャンという生き方です。クリスチャンは自分の持つ基準で人を裁く者ではありません。誰に対しても、イエスのように接する者、語りかける者なのです。

(祈り)神様、あなたがザアカイに語りかけてくださったように、私たち一人一人に語りかけ、私たちを新しい人生に導き出してくださったことを感謝します。
そして今も、語りかけていてくださること、私たちの呼びかけを聞いていてくださることを感謝します。
私たちが、あなたの声を聞き分け、迷わずに従っていくことができるように導いてください。
また、私たちがあなたから聞いた言葉に応えて、あなたが愛してくださったように、互いに愛し合うことができるように助けてください。
イエスキリストの名によって祈ります。


要約

 イエスを主、神と信じ、彼に従って人生を歩む決心をした人は皆、ザアカイと同様な経験をしたといえます。それは、イエスに呼びかけられるという経験です。その呼びかけに応えて、私たちはイエスと共に歩む新しい命をあたえられました。 
 私たちの将来は不確かで不安に思えますが、イエスが保護者として、友として導き手として共に歩んでいてくださるので心配はありません。イエスが私たちに求めていることは、イエスの言葉を注意深く聞きながら、互いに愛し合いなさいというイエスの勧めに従って歩み続けることです。

話し合いのために
  1. あなたはどのような呼びかけを感じてイエスに従う決心をしたのですか?
  2. もしあなたなら、どのような言葉でイエスに応えますか?
子どもたち(保護者)のために

このエピソードを一緒に読んで、ザアカイの徴税人の仕事や、周りからの評判について説明してからザアカイがなぜイエスの突然の提案に喜んで応えたのか考えてみましょう。