本当の敵に“七倍返し”する方法

 

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本当の敵に“七倍返し”する方法

(詩編 79編 )  

永原アンディ

 去年の11月以来、離れていた詩編シリーズに戻り、今日は79編です。詩編を離れてクリスマスのメッセージ、年頭のメッセージ、礼拝の大切さについてのメッセージをしてきましたが、受難節を迎えて私たちの世界はすっかり変わってしまいました。 災いの中で災いについてのテキストを読むのもどうかと思ったのですが、それでも私たちは詩編に戻るべきだと思い直したのでお話しします。いつものように少しづつ読みながらお話ししてゆきます。

 

A. 全ての人が苦しんでいる (1-7)

【賛歌。アサフの詩。】神よ、諸国民があなたの相続地に入り あなたの聖なる宮を汚し エルサレムを瓦礫の山としました。 彼らはあなたの僕らの屍を 空の鳥の餌食とし あなたに忠実な者の肉を地の獣に与えました。 その血をエルサレムの周りに水のように流し 葬る者は誰もいませんでした。 私たちは隣人のそしりとなり 周囲の民の物笑い、嘲りの的となっています。 (1-4)

主よ、いつまでなのですか。あなたは永遠にお怒りになるのでしょうか。 あなたの妬みは火のように燃え続くのでしょうか。 憤りを注いでください あなたを知らない国々上に あなたの名を呼び求めない王国の上に。 彼らはヤコブを食い尽くし その住まいを荒らしたからです。(5-7)

 

 今、ここに書かれている悲劇に勝るとも劣らない出来事が、イタリアを、スペインを、アメリカで起きています。日本は、これからどうなってゆくのかと私たちは心配しています。 この詩と違うのは、敵が他国ではなく、すべての民が同じ敵と戦っているということです。敵は新型コロナウイルスではありません。またある人々は、このウイルスが人工的に作られたものであり、作った国が私たちの共通の敵だと言っています。 その可能性は否定できないと思いますが、そうでない可能性も否定できません。しかし、そのどちらであったとしても、やはり本当の敵はウイルスでも、作ったかも知れない国ではありません。本当の敵はすべての人間にとっての共通の敵です。ですから、コロナウイルスを制しても、他国を滅ぼしても、敵の攻撃は止みません。 この敵の正体と戦い方については C でお話しします。

 5節以下を読むと、イスラエルの民はこのような状況下で、「神様の怒り」ということを考えています。そして、それが自分たちに向けられていると感じています。それは、「自分たちが神様に従ってこなかった」という自覚があるからです。「神様、私たちが悪かったのはよくわかっています。しかしもうそろそろやめてくれませんか?その怒りを、私たちに苦しみを与えている異国の民に注いでください。悪かったかも知れないけれど、少なくとも私たちは彼らとは違い、あなたの民なのですから」と願っています。詩人は二重の間違いを犯しています。 まず、出来事の本質は「神様の怒り」ではありません。また、神様は私たちの願いに応じて誰かを苦しめる方ではないのです。

 


B. ポスト・コロナの時代を思い描こう (8,9)

8 先祖の過ちを思い起こさないでください。 あなたの憐れみが 私たちを速やかに迎えてくださいますように。 わたしたちは弱り果てました。
9 我らの救いの神よ、御名の栄光のために私たちを助け 御名のために私たちを救い出し 私たちの罪をお赦しください。

 

 それは、神様に憐み、赦しを願うことです。 先に、神様が怒りを人々にぶつけているのではない、とお話ししました。しかし、人が神様に背を向けてきたことは確かです。そして、そのことが神様が創られ、私たちに委ねられた美しい世界を歪めてしまったことは事実です。詩人はこの因果関係を知っていました。 私たちも今、神さまの栄光が翳ってしまったような世界に生きています。しかし、この詩は、神様が私たちを見捨ててしまったわけではないことを教えてくれます。 

 詩人は神様の助けを諦めてはいないのです。 神様の憐みは私たちの罪の性質にも関わらず、現状の酷さにも関わらず変わらないと信頼し続けています。 神様の怒りなら、避けようはなく、諦めるしかないでしょう。 しかし、敵は神様でもありません。神様に背を向けた人間が、自分たちを追い詰めているのが今の世界の姿です。

 これを終末だと言いたてる人もいますが、耳を貸してはいけません。そうである可能性はゼロではありませんが、私たちは常に世界の未来のために希望を持ち続けるべきです。ヨーロッパをペストが席巻した後、世界は大きく変わりました。そして教会は大きくつまずきました。コロナの後も、世界は大きく変わるでしょう。私たちは、コロナ後の教会について、信仰について、今から希望をもって考え続けなければなりません。終末を迎える準備はあっても、ポストコロナの時代への私たちの備えは十分とは言えません。教会はもっとキリストの体らしくなれる、そのチャンスを迎えているのです。そのために今、もっとイエスの言葉を聞きましょう。もっと語り合いましょう。もっと祈り合いましょう。

 


C. 災いの背後に存在する者との戦いに勝つ (10-13)

10 なぜ、国々は言うのでしょうか 「彼らの神はどこにいる」と。 国々の中で私たちに示してください 僕らの流した血に対する報復を。 11 捕われ人の嘆きがあなたの前に届きますように。 その大いなる腕の力にふさわしく 死に定められた人々を長らえさせてください。
12 わが主よ 近隣の民があなたをそしったそのそしりを 彼らの身に七倍にして返してください。
13 私たちはあなたの民、あなたに牧場の羊です。 とこしえにあなたに感謝し 代々にあなたの栄誉れを語り伝えます。

 

 異国の民を敵に見立てるのは、旧約の人々だけではありません。 今、多くの人が、誰かを、何かを敵とみなして攻撃を仕掛けようとしています。しかし、その一方で「あなたの敵はそいつではない!」と警鐘を鳴らしてくれる人もいます。先週は、そのような人の言葉やYoutubeの投稿に励まされました。

 広島の原爆記念碑の碑文をご存知ですか?そこには「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから(Let all the souls here rest in peace ; For we shall not repeat the evil)」と刻まれています。この石碑は広島市民によって建てられたものですから、直接的な主語は広島市民です。このことが論争を生みました。それは広島市民の過ちではない。日本人の過ちではない。「過ちは繰り返させません」にするべきだという人もいました。その人たちの言い分はアメリカの過ちということでしょう。しかしこの碑文を考え、自分で揮毫(きごう:筆で書いた)した雑賀忠義(さいか ただよし)広島大学教授は、主語は「広島市民」であると同時に「全ての人々」(世界市民である人類全体)を意味するといわれました。 人を裁かず、復讐を求めず、責任の一旦が自分らにもあると認めた広島の人々を私は尊敬します。

 詩人は、直接、手を下した近隣の民に対し、神様が倍返しどころか七倍返ししてくれることを求めました。イエスは私たちに罪を犯す者を7×70倍赦しなさいといわれる方です。 それは、真の敵が私たちの内にある罪だからです。この罪が、集合的に複雑に働きあって世界に悲惨を生んできました。広島の決意は、イエスの思いに沿った決意なのです。

 コロナを制するために、私たちがなすべきことは、陰謀論に乗せられて特定の国、政府、人物を罵ることではなく、自分が感染しているかもしれないことを自覚して、なるべく人に感染させない注意を払うことです。本当の敵は、無神論者であろうと、異教徒であろうと、キリスト教徒であろうと、すべての人の心の中に住み続ける罪です。赦されていても、罪との戦いは続いているのです。 罪とは、誤解している人も多いのですが、何かをするしないといった「行為」ではありません。神様と口を聞かない、目を合わさない、背を向けた心のあり方です。自分を神としているといってもいいでしょう。この罪が私たちの心の中で、高慢を、無慈悲を、恐怖を、憎悪を、差別を生み、社会に撒き散らすことになるのです。 あなたは今も、信じると決心した日のように、イエスを見つめ、イエスと親しくおしゃべりをしているでしょうか?心からの礼拝を捧げているでしょうか?教会という場所に行けなくなっても、皆さんはびくともしていないと思います。一人でも、また facebook Live の礼拝を通しても、礼拝することは誰にも妨害されてはいません。本当の敵を知っている皆さんは幸いです。今週も、私たち心の罪の性質が圧倒されて何も生産できないくらい、イエスとイエスの名によって家族とされた人々と共に、元気で過ごしましょう。

 


メッセージのポイント

「これはコロナウイルスとの戦い」だと言いながら、互いをコロナを広めた敵とみなす政治家がいますが、敵はコロナでも、どこかの国でもありません。すべての国のすべての人が、とりわけ弱い立場の人々が苦しめられているのです。誰かを敵と決めつけても解決にはなりません。詩人は異邦人に対する七倍の復讐を神様に求めましたが、イエスは私たちに7×70倍赦しなさいと言われました。 イエスは本当の敵が、特定の国や人ではなく、すべての人の内にある罪であることを知っていたのです。

 

話し合いのために

1)なぜ人はこの災は誰かのせいにしたがるのですか?

2)私たちは七倍の復讐の代わりに何を神様に求めるべきでしょうか?

 

子供たちのために(子供たちと共にいる大人のためにも)

8、9節を一緒に読んで、イエスへの信頼を話してください。(まず、大人が主への信頼を保つことが大切です)大人にとっても衝撃的なこの事態が、子供たちの心に及ぼす影響は計り知れません。人の知恵や知識が虚しいことを身をもって感じている私たちの「主に対する信頼こそ、今子供たちに伝えられることの中で最も大切なことです。このような時に、恐怖感、無力感、怒り、悲しみといった感覚で苦しみ、しかも、それを表現できないでいる子供たちと共に過ごしましょう。本を読み、ゲームをし、料理を一緒に作り、掃除を教え、話をしましょう。